山口県周南市金峰の集落で5人が相次いで殺害された事件で、重要参考人として行方をくらませていた同じ集落に住む男(63歳)が、7月26日に身柄を確保された。
男は30代の時にタイル職人として神奈川・川崎の木造アパートに移り住んだ。そして、上京から30年を経た1994年、突如、職を捨てて郷里へと舞い戻ったのである。
地元に戻った男は、30年振りの郷里で浮いた存在になった。幼少時代から男を知る地元住民が語った。
「中学卒業後、都会に行って何十年振りに地元に戻ってきたかと思えば、もう方言も忘れているし、田舎の人間とはものの考えがまるで違う人になっていました。ここの人とは溶け込めなかったんですよ」
ただし、当初から男が地域住民との対話を拒否していたわけではない。
「最初は地域のために働こうという意欲も持っていたんですね。彼は若者が次々と流出する現状を嘆いて、町おこし活動を自ら企画したこともあるんです。周囲に熱心に自分の企画を語ったりね。でも、皆に受け入れられなかった。地域にずっと暮らしている人間から見れば、都会帰りの若造が生意気なことを言っているようにしか聞こえなかったんですね」
既に50歳を超えた男も金峰郷では最年少の類だった。若いのに生意気だ──集落では男への陰口が囁かれるようになったという。
地元民との摩擦が重なるにつれ、男も周囲に攻撃性を見せつけるようになっていった。
男はラブラドール犬を二匹飼っていた。犬の散歩の際、途中ですれ違う住民をどなりつけることもあった。
男の口から、「俺はクスリを飲んでいるのだから、10人や20人殺したって罪にならない」との暴言まで聞かれるようになったという。
「ブラジャーをつけた変なマネキンを家の前に飾ったりして、どんどん周囲から浮いていったのもこの頃です」(同前)
ちなみに、郷里に戻ってからの男は定職に就かず、主に親の年金や財産で暮らしを営んでいたようだ。
※週刊ポスト2013年8月9日号