『さらば雑司ヶ谷』や『民宿雪国』などの小説で知られる作家・樋口毅宏氏が書いた『タモリ論』(新潮新書)が話題だ。発売1週間で6万部を超えるベストセラーとなっている。
樋口氏は本書でタモリを<絶望大王>と呼ぶ。そして、タモリの凄さを他の芸人と比較してこう評する。
<(ビート)たけしやダウンタウン松本が時に懐から刃物をチラつかせて、誰からも恐れられる「自らをコントロールできる狂人」だとしたら、タモリは一見その強さや凄さが伝わりにくい、まるで武道の達人>
はたして「タモリ」とは何なのか。以下、樋口氏が語る。
* * *
近年、久しぶりにタモリの「達人ぶり」が再認識されたのが、2008年、タモリを世に出した恩人、漫画家・赤塚不二夫の告別式で読み上げた弔辞でした。
「私も、あなたの数多くの作品のひとつです」といった名言の数々は、それ自体、多くの感動を呼びましたが、「実はタモリが読み上げていた弔辞は白紙で、勧進帳のパロディをしていたのではないか」との憶測が広がったことで、その驚嘆すべき才能に改めて注目が集まりました。
しかし、後日、徳光和夫にその時の真相について聞かれたタモリは、「もう忘れました」と一言。決して自分語りをしようとしないタモリのカッコよさを見せつけられた場面でした。
「タモリの凄さがわからない」というタモリ不感症の人たちも、いつか必ず、タモリの圧倒的なスケールや達人ぶりを知るときが来ます。それを僕は「タモリブレイク」と呼んでいます。
僕にとって最初のタモリブレイクは、『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」にミュージシャン・小沢健二が出演した時のタモリの一言でした。
「俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん」
タモリの感性の鋭さに驚くとともに、彼が抱える「絶望」に気づいてしまった瞬間でした。
それってタモリが、長年『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)という音楽番組の司会を務めながら、サザンやミスチルや海外の大物に目の前で歌われても、何一つ心動かされることがなかったということでしょう?
※週刊ポスト2013年8月9日号