参院選が終わり、衆参のねじれが解消された安倍晋三政権は、成長戦略の目玉の一つに「女性の活用」を掲げている。具体的な施策のひとつとして、育児休業を3年間まで取得できるようになることが大きく取り上げられてきた。だが、その施策は果たして「女性の活用」へと繋がるのか、大前研一氏が解説する。
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私はマッキンゼー(かつて所属していた経営コンサルティング会社)でも現在経営しているBBT(ビジネス・ブレークスルー)でも、女性を全く差別せず積極的に採用してきた。
マッキンゼーでは、日本人女性として初めてMIT(マサチューセッツ工科大学)で電気工学&コンピューターサイエンスの修士号を取得した青木千栄子氏(現在は日本コカ・コーラ副社長)、日本人女性として初めてハーバード大学大学院でDBA(経営学博士号)を取得した石倉洋子氏(現在は慶應義塾大学大学院教授)ら「日本人女性初」の人材を次々に“先物買い”し、学卒者も応募数にほぼ比例した割合で女性を採用した。
後者の中にDeNA(ディー・エヌ・エー)創業者の南場智子氏や早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の川本裕子氏らがいるが、結果的に女性の能力は男性と何の遜色もなかった。
そのように多くの優秀な女性を採用してきた経験からすると、安倍晋三政権が成長戦略の目玉の一つに掲げている「女性の活用」は、どこまで本気で取り組むつもりなのか、甚だ疑問である。たとえば「育児休業を3年間まで取得可能にする」と謳っているが、3年間育児休業して元のように復帰するのは、現実問題として無理だろう。
なぜなら、まず日本企業は、その人が会社にいて自分の仕事のテリトリーを主張しているがゆえに仕事がある、という特徴を持っているからだ。逆に言えば、その人が会社にいなくなったら、その人が受け持っていた仕事はいつの間にか他の人がやるようになり、会社は何事もなかったかのように動いていくのである。
アメリカ企業などは仕事のスペックがはっきりしているため、仕事はそのままで単に人が入れ替わるが、日本企業はアメーバのような伸縮自在の不思議な会社が多く、人に合わせて仕事の中身が変わるのだ。したがって、3年間も育児休業したら、元のポジションや仕事に戻ることができるとは思えないのである。もし、それが可能な会社があるとすれば、育休を取っている人の周りの社員の負担が重くなるだけである。
それに、そもそも「育休3年」が、なぜ成長戦略につながるのかわからない。働いていた女性が3年間働かなくなる、もしくは休む期間が今の3倍くらいに延びるわけだから、その間“失業者”が増えるのと同じであり、単純に考えてGDPは縮小するはずだ。ということは、育休中も企業が給料を払い続けないと成長戦略にはならないが、もしそんなことが法制化されたり義務づけられたりしたら、企業はたまらない。
日本では、産休中の給料は減額となり、育休中の給料は全く出ない企業が多い。育休中も半額程度の給料を払っている企業もあるが、期間が6か月程度だから我慢している。しかし、3年間となればそうはいかない。マッキンゼーやBBTは1年間は基本給を払う制度だが、それでも20年は勤めてもらわないとペイしない。
要するに、育休を長くすれば女性が社会復帰しやすくなるという発想自体が間違っているのだ。女性を企業の戦力にするというのは世界的な課題だから誤ってはいないが、女性をどのように活用するのか、もっと具体的に議論しないと、「育休3年」は企業の負担が増えるばかりで、むしろ女性にとって不利になりかねないのである。
※週刊ポスト2013年8月9日号