【書評】『そんなに、変わった?』酒井順子/講談社/1260円
【評者】嵐山光三郎(作家
『負け犬の遠吠え』で一世を風靡した酒井順子さんは、あれから十年がたち、負け犬女子理事長ともいうべき地点に君臨している。事件や流行や、友人たちのあいだでおこる現象を分析して、その意味を解きあかし、ふんわりと読ませつつ明晰である。
17歳のAKBのメンバーが、テレビで「負け犬とか言われる前に結婚したい」といって、同じ番組に出演した熟女タレントに反論され、ネットでも炎上気味となった。本家負け犬としては、これに対応しなくてはならず、負け犬の定義を「三十五歳以上で独身」と改訂することも考えている。
母親を温泉に連れていく私鉄のCMを見ていると、最後に「親を大切にしたい。ただ、それだけ。」というナレーションがあり、あまりにあけすけな親孝行讃歌に顔を赤らめ、「よその夫婦の性行為を見せられているような」気分になる。その恥の感覚が酒井順子の直感で、鮮烈である。「実の親を大切にしよう!」というキャンペーンなんて昔はなかった。
NHKに「おねえタレントを出すな」と抗議をした男がいた。うちの息子が影響されて、ゲイになったらどうしてくれるんだ、公共放送にゲイを出すべきではないだろう、という。なぜゲイがいけないのかと尋ねると「ゲイは子どもができないからダメ」というシンプルな答えだった。ここにいたって「負け犬とゲイは、嗜好が似ている」と気がつく。おしゃれで、おいしい料理が好きで、刹那的な楽しいことも大好き。そして最大の共通点は「子どもを残さない」ことなのだ、と。
といったような展開は、ぴしゃりと読む者の心をうつ。元気なうちは、負け犬だ何だとひらきなおっていればよかったが、もっと年をとったら迷惑な存在となってしまう。フーテンの「寅さんの罪」とはなにか?「お父さんへの『武士の情け』」、など、すべてのエッセイがいまの時代を泳いでいる。十分に古風で十分に若い。スヌーピーのTシャツをいまなお愛用しているんですってよ。
※週刊ポスト2013年8月9日号