名将と呼ばれた監督には、豊富な経験に裏打ちされたしたたかな戦術がある。勝利よりも大事なことがある、などという「高校野球の精神」は所詮キレイごと。すべては勝つために編み出されたものだ。
「勝って不幸になるヤツなんていない」──これは自らを「職業監督」と位置づける木内幸男氏の言葉だ。
木内氏は土浦一高、取手二高、常総学院で監督を歴任。取手二時代には春夏合わせて6回甲子園に出場、1984年夏はKK(桑田・清原)を擁するPL学園を破って、全国制覇を果たした。また常総学院では春、夏ともにチームを優勝に導く。春夏通算40勝は歴代5位である。一昨年夏の県予選を最後に勇退したが、類い希なるベンチワークや采配で、強豪を次々に破る“木内マジック”の名で知られる。
「マジックなんかじゃない。ただ観察力が優れていただけですよ」
こう語る木内氏の口からは、その「観察力」の真髄が伝わってきた。
●甲子園の第3試合はストライクゾーンが甘くなるので、「勝負」に行け
高校野球関係者の間には、「試合を2時間で終わらせるのが名審判」という言葉がある。木内氏も当然、それを心得ている。
「だから第3試合はね、審判(球審)が試合を急ぐのよ。1日4試合ある日は第4試合がナイターになるでしょ。生徒を早く帰したいというのもあるし、照明の経費もかさむ。それで第3試合になると、第4試合の開始時間が見えるから急に急ぐ(笑い)。クサいところが全部ストライクになっちゃうんだよね」
当然、投手には強気の攻めを指示、打者には的を広げた好球必打を命じる。
「ゾーンが広いのに甘い球投げる必要ないぞ、打者はモタモタしてたら試合終わっちまうぞ、打っていけってね(笑い)」(木内氏)
●甲子園の風向きに合わせてオーダーを組む
甲子園に吹いている風は、時間帯によって向きが違う。午前中の試合では、「陸風」がホームからライト方向へ吹き、午後は逆にホーム方向へ「浜風」が吹く。
「浜風が吹くとライトには球が伸びにくくなるので、左のホームランバッターは怖くない」(木内氏)
木内氏はこれに合わせて、投手の攻めや、左右打者のオーダーも変えていた。また、日中の試合が多いため、左打者にはレフトへ流し打ちして犠牲フライを打たせる練習もさせていた。本来、流し打ちでフライを狙うのは難しいことだが、「風がある程度持っていってくれるから」だという。
事実、名将と呼ばれる監督の多くは風を気にしていた。「攻めダルマ」の異名を持ち、池田を率いた蔦文也氏もその1人。強打の「やまびこ打線」のイメージからイケイケのように感じるが、投手には吹く風に逆行するような球を打たせることを指示し、それに対する守りの重要性(主にセカンド、ライト)を、口癖のように語っていたという。
※週刊ポスト2013年8月9日号