男性がビジネスを立ち上げ、成功を収めるには、本人の才能や努力もさることながら、内助の功も大きな力となる。
“経営の神様”京セラ創業者の稲盛和夫氏の場合はどうか。妻の朝子さんは、稲盛氏が起業前に勤めていた会社で助手をしていた女性だという。稲盛氏は夫人について著書『ガキの自叙伝』で、こう語っている。
〈妻は知り合ってから今までグチひとつこぼしたことがない。京セラ創業のころ、食べるもの、着るものも満足に買えなかったが、不満一つ言わなかった。それ以来、帰宅するのはいつも遅いのだが、必ず寝ずに待っていてくれた〉
朝子夫人の父親は“韓国近代農業の父”と称された須永長春氏(本名・禹長春)だ。東京帝国大学で学んだ農学博士で、京都のタキイ種苗の農場長などをしていた。戦後、李承晩・大統領(当時)に請われて韓国へ渡り、疲弊していた農業の立て直しに尽力したという。
朝子氏とも面識がある経済ジャーナリストの水島愛一朗氏がいう。
「自宅に押しかけてきた記者に対しても、秘書やお手伝いさんでなく、朝子さんが応対していたことには驚きました。“皆さんから自宅に問い合わせがあるのですが、稲盛も体が1つしかなく、なかなかお答えできずに申し訳ありません”と、嫌な顔ひとつせずに夫の代わりに頭をさげる方です。
稲盛さんが師匠と仰ぐワコール創業者の故・塚本幸一氏は“稲盛君に物欲や出世欲、名誉欲がまったくなかったのは傾倒していた仏教からだけではない。謙虚で控えめな朝子さんの影響が強かったからだ”と評していました。もともと稲盛さんは世襲に批判的ですが、塚本氏は“もし稲盛君に息子がいても、朝子さんが世襲を許さなかっただろう”とも話していました」
※週刊ポスト2013年8月16・23日号