この夏、流浪の脱北者の肖像を描いた映画『48m(メートル)』が韓国メディアを騒がしている。低予算で制作されたにもかかわらず配給最大手CJエンタテインメントが配給をかって出たからだ。背景には、韓国政財界にも影響を及ぼしはじめた脱北エリートたちの存在がある。半島事情に精通するジャーナリストの李策氏が解説する。
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1年間に韓国に入国する脱北者の数は、1990年代の前半まではひとケタに過ぎなかった。それが北朝鮮の飢餓が深刻化した90年代後半から急増。2006年からは年間2000人を超えており、現在は約2万5000人が韓国国内で暮らしている。
そして、その多くは韓国社会に順応できず、高い失業率や日雇いや非正規職などの不安定な就労による低所得に苦しんでいるのが現状だ。
韓国の民間団体「北朝鮮人権情報センター」が昨年調査したところでは、脱北者の平均月収は126万4000ウォンで、一般国民(平均210万4000ウォン)の6割に過ぎない。また、国民基礎生活保障(生活保護)制度の受給率は、48%にも達している。
脱北者を「2等市民」、あるいは「スパイ予備軍」のように見る、国民の偏見も根深い。ソウル大学統一平和研究院が一般国民1200人を対象に行った意識調査(2011年)では、脱北者に対して「親しみを感じない」と答えた人が58.9%、「(結婚相手として)抵抗がある」との回答も50.7%に上った。脱北者の子供が、学校でイジメられる例も少なくない。最近では、イジメっ子たちに「仕返し」をしようと複数の子供たちが凶器を持って集まり、あわや大事件という場面もあったとされる。
こうした経済的苦境と疎外感から、北朝鮮に戻る道を選択する人々もいるほどだ。いまや脱北者は、韓国社会の最下層を構成していると言っても過言ではないのだ。
とはいえ、すべての脱北者がこうした状況にあるわけではない。少数ながら、南北関係に影響を与え始めている人々もいる。韓国の北朝鮮専門メディア「デイリーNK」の高英起東京支局長が話す。
「北朝鮮の民主化を目指す韓国の民間団体の中で、脱北者の役割が増してきているんです。元官僚や国営企業の幹部、特殊機関の元工作員などの人々で、ある脱北外交官は飯島勲内閣官房参与が訪朝した際にも日本政府に助言を行ったと聞いています。彼らは貴重な情報源であるだけでなく、金正恩体制が大きく揺らぐなどしたときには、韓国政府や民間団体の案内役として様々な場面で活躍することになるでしょう」
映画『48m』の制作と公開自体、そうした動きのひとつと見ることができる。作品は昨年8月の完成から、7月4日の一般公開までおよそ1年を要した。その間、制作者らは国連人権委員会や米国・ワシントンDCで、国連幹部や各国のNGO団体トップ、米上下院議員らを招いて試写会を行っている。『48m』を見たイリアナ・ロス・レイティネン下院外交委員長(当時)は、「脱北者自身が映画を制作し、北朝鮮の人権問題の現実を訴えていること自体に大きな意義がある」と語ったという。
CJエンタテインメントに配給を飲ませたのも、その延長線上でのことだ。脱北支援団体の関係者が話す。
「決め手は、海外での試写会の成果を引っ提げて、脱北者として初めて国会議員になったチョ・ミョンチョル氏が動いたことです。各界の来賓を招いて行われた上映会には、与党代表ら大物が顔を揃えていた」
今回の反応に、制作者グループは自信を強めており、早くも続編の構想が立ちあがっているという。