夏は受験の天王山――。大学受験を控える学生にとっては、酷暑とともに厳しい季節を乗り切ろうとしていることだろう。だが、天王山を迎えているのは受け入れ側の大学も同じ。少子化により定員割れが続出するなど、いまや伝統や実績だけでは学生を集められない時代となったからである。
8月3日、“私学の雄”である慶応大学が、東京・港区の三田キャンパスにて受験生向けの説明会を開催した。
参加した約500人は、北海道から沖縄まで地方在住の受験生と保護者ばかり。その日開催されたのは、「慶応義塾に出かけてみよう! 地方出身者対象大学説明会2013」だった。地方出身の慶大生によるパネルディスカッションや地方学生のための奨学金制度の説明など、郷里を離れて上京を考える受験生のために、懇切丁寧な学生生活のレクチャーが行われた。
<全国各地から一人でも多くの方に慶應義塾の門を叩いてもらいたいという願いを込めて>
慶応のホームページには、こう開催趣旨が書かれていた。慶応ともなれば、待っていさえすれば、全国から自然と優秀な学生が受験しにやってくるのかと思いきや、そうでもないらしい。大学通信常務取締役の安田賢治氏(情報調査・編集部のゼネラル・マネージャー)が指摘する。
「いま、大学の地元志向が高まっていて、地方から東京の大学を目指す学生がどんどん減っています。早稲田や慶応クラスでも合格者の約7割が1都3県(東京、神奈川、千葉、埼玉)に住む人ばかり。言い換えれば、それだけ地方出身者が少なく“関東ローカル大学化”が進んでいるのです」
リクルート進学総研の調べでも、大学進学者の約半数である48.7%が「地元に残りたい」と回答。大都市圏以外の学生に絞れば34.6%に落ちるが、2009年の27%から地元進学希望者が大幅に増えている。その理由は何か。
「経済的な要因がいちばん大きい。私大の高い授業料はもちろん、東京で一人暮らしをすれば生活費もアルバイト代だけでは足りない。だから、実家から通える大学に行って欲しいという親の懐具合も関係しているのでしょう」(前出の安田氏)
こうした傾向はリーマンショック後の2010年ごろから顕著になってきたとのこと。近年、授業料の安い国公立大学の人気が高まっているのも、不況の影響によるところが大きい。かつては全国区の人気があった横浜国立大学ですら、合格者に占める首都圏在住の割合が35%から54%と一気に高まったというから、他大学も推して知るべしである。
このまま地元志向が定着すれば、「地方の優秀な生徒を囲い込めなくなった関東の有名私大は、例え定員を満たしていても学生のレベルがどんどん下がってくる」(大手予備校関係者)との懸念がある。慶応もそんな危機感を持っているのかもしれない。
逆にこれまで関東の有名大学に“頭脳”を奪われてきた地方の私大にとっては復権のチャンスである。
「関西では関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)を筆頭に、近畿大や京都産業大など、中部では愛知学院、南山、名城、中京といった大学の“地元定着率”はどんどん伸びていくかもしれません」(安田氏)
大学の地方分権化は長い目で見ればこんなメリットをもたらすかもしれない。
「地方から出てきてせっかく東京の有名大学に通っても、文系採用を絞る企業が多いから就職できないなんてこともザラにあります。最近は大学名不問の採用試験をする企業も増えていますしね。ならば、地元の大学に通ってあわよくば上場企業の地方支社や地場の優良企業に就職できれば親も安心ですし、ひいては地方経済の活性化にもつながります」(安田氏)
前述のリクルート調査では、志望校検討時の重要項目としてトップに挙げられたのが「学びたい学部・学科・コースがあること」(74.8%)だった。当たり前だが、大学はこれまで以上に魅力あるカリキュラムや教育方針を示さない限り、志願者増に結び付けることは難しいだろう。