低迷気味だったドラマが再び面白くなってきた。特に今期ドラマは、『あまちゃん』(NHK)の宮藤官九郎氏(43才)、『Woman』(日本テレビ系)の坂元裕二氏(46才)、『スターマン・この星の恋』(関西テレビ系)の岡田惠和氏(54才)と名作を世に出してきた有名脚本家の起用が目立つ。中でも、芸能・ドラマ評論家の木村隆志さんが「今時代がいちばん求めている脚本家」と言うのが、『Mother』『最高の離婚』などで向田邦子賞、橋田賞など数々の賞を総ナメにした坂元氏だ。木村さんが、その脚本の魅力を分析する。
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坂元さんの脚本のいちばんの魅力は、“本質を突くセリフ”にあります。登場人物に薄っぺらいことを一切言わせない。ドラマ1回の放送分で、少なくとも10個は名言がありますね。
例えば、『最高の離婚』(フジテレビ系)で印象的だったのは、瑛太演じる几帳面で潔癖な夫・光生が言った「結婚は3D。打算、妥協、惰性。そんなもんです」や、綾野剛演じる浮気したい放題の諒が言った「最悪なのは離婚じゃなくて仮面夫婦ですよね」。『Woman』では、満島ひかり演じる主人公のセリフで「男の人は母性っていうけど、そんなの無理。そんなの本当に欲しがっているのは女のほうだもん。お母さんの愛が欲しくて欲しくてたまらないのは女のほうだもん」などがあげられます。
最近の坂元さんの作品は、深層心理をあぶり出すセリフが多く、「そうなんだよ!」と見ているこちらの気持ちを代弁してくれるセリフもあれば、視聴者にどうなの?と問いかけるようなグサッと突き刺さるセリフもある。一個一個のセリフが、研ぎ澄まされているのです。
もうひとつ、“名優勝負”が特徴としてあげられます。坂元さんは、キャスティングにもこだわって演技のうまい俳優を希望するといわれています。そのひとりひとりに愛情を込めて、名優同士を“演技対決”させる場面を書くのです。『Woman』でも、終盤15分で役者同士が1対1でぶつかるシーンが多い。初回では満島ひかりさん演じる主人公が、田中裕子さん演じる母親と対峙していますし、5話のラストでは、再生不良性貧血と診断された主人公が診察を受けている医師に、子供のために生きなければいけないと本音を吐露し、それに医師も精一杯の言葉で応える、ものすごく感動的なシーンもありました。
そして、いいセリフを言わせるに至るまでの構成がムダなく細やかで緻密です。伏線と思わせずさりげなく散らばせたなにげないシーンが実は大事で、それらを最後の盛り上がるシーンに向けて集約させていく構成のバランスがすごくうまい。毎回、終盤までの45分間を追求しているからこそ、最後の演技のぶつかりあいのシーンで、キャラクターの魅力と役者の演技力の両方を100%引き出すことができるのでしょう。
坂元さんは、“弱者の味方だけど、強烈なリアリスト”でもあると私は思います。社会の残酷なところや問題点を真正面から描きます。薄幸の主人公がけなげに前向きに生きる設定が得意で、『Woman』も、インターネット上で「暗い」「重くて見てられない」などと書かれていますが、単にシングルマザーの大変さを描くのではなく、なぜ大変なのかを、情報番組でよくやるようなステレオタイプな姿ではなく、世間の冷たい目や、電車やスーパーなどでの一個一個の不自由さを繊細に細部まで描写しています。
しかし、苦しいことだけではなく、子育ての楽しさや親子の愛情だったり、その中にある“光”もちゃんと描いているんです。殺人事件の被害者家族と加害者家族を描いた『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)もすごく評判でしたが、これも最後を絶望で終わらせませんでした。いつも最後にちゃんと余韻を残す、こうだと答えを決めつけず視聴者に考えさせる脚本を書いています。そんなところがドラマ好きにはたまらなくて、また口コミを呼ぶんですね。
坂元さんのドラマは、ドラマ好きかどうかを見極める“リトマス試験紙”です。良さがわからない人は、本当のドラマ好きではないと思いますし、坂元さんの作品に何にも感じない人は、人に関心がない、人間関係がうまくない人だと私は思います。