景気が上向きでも下向きでも、飲食店の情報は人の興味をひきつけてやまない。そのなかでも、飲食チェーン店の1号店をめぐる旅をミュージシャンのBUBBLE-B氏は続け、ブログに綴ってきた。その記録を『全国飲食チェーン 本店巡礼』(大和書房)にまとめ、外食チェーン店1号店ジャーナリストという肩書が増えた同氏に、1号店へのこだわりについて聞いてみた。
* * *
――飲食チェーンの1号店をめぐる旅は、いつから始められたのでしょうか?
BUBBLE-B(以下:B-B):動き出したのはもう10年前になります。ブログにまとめだしたのは2007年からですね。1号店を探す旅をしているうちに写真などの素材がたまってきたので、ミュージシャンとしての活動以外に、淡々と飲食チェーンの1号店を訪問した記録を書いていくだけのブログを新しく作って続けてきました。
――『本店巡礼』の巻頭で取り上げられている吉野家築地店へ最初に行かれたのはいつですか?
B-B:1号店めぐりに目覚めて最初の頃なので、10年くらい前になります。そのときは早起きして、朝7時ぐらいに行きましたよ。築地のおじさんたちに混じって食べてきました。
――築地店は営業時間が朝5時から13時までと特別ですからね。何度も訪問されていると思うのですが、築地店は変わっていませんか?
B-B:あの頃もいまも、全然変わってないですね。築地のおじさんたちは妥協なき職人みたいなオーラを出していますから、殺伐としているんですよ(笑)。そういう人たちが無言でガーッと食べてバーッと出ていく場所なので、ぼやぼやしていられない。だから滞在時間も短くなっちゃいますね。落ち着いてゆっくり食べるところではありません。
――他の店舗と店員さんの制服も違いますが、働いている人たちも普通の店員ではないのでしょうか?
B-B:お店の人に「エリートですよね?」ときくと「いやいや」と謙遜をおっしゃるんです。でも「普通のアルバイトや未経験の方では、ちょっと勤まらない店舗ですね」とは話されていました。
――築地店で働いている人にも、本音では他とは違うという自負があるんですね。
B-B:ここのお店は、一般客向けではなくて築地で働く人の社食だと言うんです。築地で働く人たちは味に関しては厳しいプロ方ばかりなので、たとえ吉野家を使うときにもその基準で来る。その要求に応えられるお店なんです。
――他店と違う味が築地店にはあるのでしょうか?
B-B:メニューは牛丼と牛皿しかありませんので他店より少ないです。でも、とても細かくカスタマイズできます。普通の店舗だと牛丼の「つゆだく」「ねぎだく」はお願いできますよね。でも築地店は「つゆだく」「つゆだくだく」「つゆだくだくだく」「つゆだくだくだくだく」とそれぞれ何段階も可能。さらに肉の赤身だけやご飯を冷やすなど細かく指定できます。カスタマイズの組み合わせで200 パターンぐらいあるそうですが、こんな注文ができるのは築地店だけです。
――この食材はこう食べたい、という築地で働く人たちならではのこだわりに応えているんですね。
B-B:築地で働いてるプロの人は、何も言わず、いつもの位置に座るだけという人も多いそうで、店長さんはそういうお客さんを覚えて、扉から入ってくるなりカスタマイズのオーダーを通すなんていう離れ業もしているんですよ。
――チェーン店というと、マニュアル通りの接客というイメージがありますが、吉野家築地店の様子はマニュアルとは程遠いですね。
B-B:チェーン店でも意外にマニュアルにない接客は多いようです。特に1号店をめぐると、マニュアルだけでは不可能な接客に会えます。
――吉野家築地店以外にも、そういった場所に巡り合っていますか?
B-B:たとえば、サブウェイ日本1号店の赤坂見附店。ここもお客さんの顔といつもの注文内容を150人ぶんぐらい覚えているそうです。バンズの好み、焼くか焼かないか、ピクルスやトマトの量、ドレッシングの種類など細かい部分を全部です。
――赤坂のオフィス街ですからランチタイムの混雑は凄まじいことになりそうですね。
B-B:お昼どきは戦争状態だという話でした。その混雑する時間帯でも、間違いなく的確に2人、3人同時に注文を受けて進行させていますから。すごいですね。
――飲食チェーンを象徴するマニュアルの存在が1号店になると薄くなっているんですね。
B-B:そこが一番面白いところです。飲食チェーンがマニュアル化するのは、サービスを均一化するためです。アルバイトでも、マニュアル通りに接客させれば一定のクオリティが出ます。そして、うちはマニュアルがあるからどの店へ入っても安心ですよと形作るのがチェーン店なんですが、1号店だけ違うことがある。ところが、チェーンの本社から「1号店は特別」とは絶対に言えない。でも、行ったら違いを感じることがあるんです。
――1号店へ行けば、必ず何か違いがあるものでしょうか?
B-B:全然、違いが出ない店もあります(笑)。吉野家築地店のように、メニューもサービスもはっきりわかる違いがある店もあります。サービスが一緒でも、CoCo壱番屋西枇杷島店のように創業時に苦労を重ねたことをしのばせる1号店もあります。びっくりドンキーのルーツ店である盛岡のベル大通店も、びっくりドンキーが好きな自分にとっては、歴史をたどれる聖地ですね。何度も行っていますし、好きすぎて本の表紙にしました。
――1号店に違いがあるチェーン、ないチェーンにそれぞれ特徴はあるのでしょうか?
B-B:全般的に、個人商店から大きく広がったところは1号店に対する思い入れが強いように思えます。吉野家さんも 1899 年の創業時は個人商店です。同じようにびっくりドンキーや CoCo 壱番屋、カプリチョーザも1号店を聖地という扱いにしています。でも、会社としてすでにレストランをやっていて、他業態として別のレストランを開業させた場合は、個人店ほど1号店が特別なものではないような感じがすることが多いです。
――歴史を感じながら食べると、味も違ってきますか?
B-B:たとえば、古いお寺が建立何百年でこの灯は不滅で消えず、親鸞聖人がつくった何かがあってと言われると、普通に近所にあるお寺よりも重みがある気がしてきますよね。それを飲食に感じたらどうなるか。かみしめながら味わっています。
――1号店めぐりをしながら、同好の人と巡り合うことはありますか?
B-B:ないですね。いつも孤独ですね。1号店は自分を再発見する孤独の旅ですよ(笑)。
●BUBBLE-B(ばぶるびー)1976年、京都府生まれ、滋賀県大津市育ち。コンポーザー、プロデューサー、外食チェーン店1号店ジャーナリスト。18歳よりテクノ系の音楽活動を開始、「セットでドリンクバー」「Enjo-Gのシャッシャッシャッ」など謎の曲を数多くドロップ、全国のフロアを盛り上げる。2004年ごろより本店めぐりに目覚めブログ「本店の旅」を開設。8月22日(木)に阿佐ヶ谷Loft Aでゲストに吉野家・築地1号店店長らを迎えて出版記念トーク&サインイベントを開催。