アメリカの個人情報収集活動の実態を暴露し、世界を震撼させた元CIA職員のエドワード・スノーデン氏。ロシアへの一時亡命が認められるまで、モスクワの空港に1か月以上の滞在を強いられた。現在の状況を正しく理解するにはプーチン露大統領をはじめ各国トップと諜報機関が共有する「インテリジェンスの掟」を知る必要がある。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が解説する。
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ロシアのプーチン大統領は、「元インテリジェンス・オフィサーという言葉は存在しない」とよく口にする。インテリジェンス機関に勤務した経験のある者は、たとえその職務を離れても一生、国家のために尽くすべきであるという掟に縛られるというのがKGB(ソ連国家保安委員会)将校だったプーチンの職業倫理だ。
米国の国家機密をマスメディアに暴露した、元CIA(米中央情報局)職員で、NSA(米国家安全保障局)の契約職員であったエドワード・スノーデンに対して、プーチンは極めて冷淡な態度を取っている。8月1日にロシアへの1年間の一時亡命が認められたものの、これはロシア国内におけるスノーデンの身の安全を保障する措置では決してない。プーチンがインテリジェンスの掟に従わないスノーデンを心の底から軽蔑し、嫌っているからだ。
7月1日の記者会見でプーチンは、スノーデンについて、「ロシアに残りたいのなら条件がひとつある。われわれのパートナーの米国に損害を与えるような活動をやめなければならない」と述べた。
プーチンは、スノーデンに受け入れ不能と思われた条件をあえて提示し、ロシアから離れることを促している。6月28日付のロシア有力日刊紙「トルード(労働)」電子版に掲載された記事が、プーチンの心象風景を見事に表現している。
〈米国指導部は、うろたえ、興奮して、中国人がいうところでのメンツを失ってしまっている。大洋越しに、何か呂律の回らない調子で、また脅迫調を押し隠す余裕もなく、エクアドルや中国やロシアに対し、もぐもぐ言っている。
(中略)
ウラジミール・プーチンの反応が、米国人の自尊心をとりわけ傷つけた。プーチンはすでにスノーデンとアサンジは「人権活動家だ」と明言した。スノーデンたちと戦っている連中は「全員、子豚の体毛を刈っているようなものだ。ブヒブヒたくさん鳴くが、刈り取れる毛は少ない」と述べた。
こういう表現で、プーチンは人権侵害(こういうことに米国人は50年も懸念を表明している)や人権活動家に対する圧迫という口実でロシアを締め付けてきた米国に対して意趣返しをしているのだ。「アメリカ小屋から外にゴミが出てきたら、家主がすぐに常軌を逸してしまった……」〉
プーチンは、スノーデンを「子豚」「ゴミ」と呼んでいる。CIAのスノーデン拘束作戦が、子豚の体毛刈りであると揶揄し、インテリジェンス機関からスノーデンのようなゴミが出てきただけで、なぜそんなにうろたえるんだと旧KGB将校の視座に立ってこの問題を見ている。
※SAPIO2013年9月号