今年の8月15日。歴史のターニングポイントとなったこの日は、未来の国民が振り返ったとき、「第2の敗戦の日」として刻まれているかもしれない──。
安倍晋三首相は今年の終戦記念日に靖国神社に参拝しなかった。つい半年前、首相が衆院予算委員会でこう語ったことは記憶に新しい。
「第1次安倍内閣において参拝できなかったことは痛恨の極みだ」
その短い言葉からは、次のような参拝の決意を読み取ることができた。
〈6年前の首相在任当時、靖国神社を参拝しなかったのは、「行かなかった」のではなく、険悪化していた日中関係を配慮すると、「したくても参拝できなかった」のだ。しかし、振り返ると、当時の私の判断は「痛恨の極みだ」。今回こそは、中国や韓国の反発を承知した上で、万難を排して参拝する〉
そう決意しながら、なお参拝を回避したのだから、今回の不参拝は「できなかった」のではなく、安倍首相が積極的に参拝しなかったといえるだろう。
安倍支持派からは、ネット上で「信じていたのに行かないなんて」「公約を守らないのか」という失望の声が高まっているが、問題は首相の公約違反や背信行為というだけにはとどまらない。重大なのは、安倍首相が靖国神社への参拝取りやめを中国との外交上の取引に利用しようとしていることにある。
さる8月7日、TBSは重要なニュースを報じた。
〈安倍政権内部では、安倍総理、麻生副総理、菅官房長官、岸田外務大臣の4人については、15日に参拝しないという方針を固めていたことが明らかになりました。(中略)政府関係者によりますと、安倍総理ら4人が参拝しないという方針は、複数のルートで非公式に中国側に伝えているということです〉
そこからは、参拝見送りという政治判断の裏に潜む2つの重大な問題が浮かび上がる。1つは「靖国参拝せず」の日中密約の存在だ。
中国の王毅外相は駐日大使時代の2005年、「現役の首相、官房長官、外相は靖国参拝をしないとの紳士協定を中日間で交わした」と明らかにしたことがある。日本政府側は“密約”の存在を認めていないが、安倍首相が「閣僚の参拝は心の問題」といいながら、自分だけではなく、副総理を含めた4大臣がそろって参拝しない方針を決めたことは、中国側からは、“安倍政権として紳士協定を受け入れる”というサインだと見なされても仕方がない。
第2は、不参拝をわざわざ中国側に連絡したという情報である。安倍首相が9月5日からロシアで開かれるG20首脳会議での日中首脳会談に前のめりになり、斎木昭隆・外務次官を訪中させるなど水面下で中国側と交渉を続けていることは本誌でも報じた。その交渉過程で、中国側に「4大臣は参拝しない」と伝えることは、靖国神社参拝を外交カードに使い、「参拝取りやめ」と「首脳会談開催」を取引しようとしていることに他ならない。
「靖国神社を参拝する」といってわざと中韓を挑発し、「やっぱり行かないから首脳会談してね」と取引する。それは安倍首相が掲げる「戦後レジームの総決算」を実現するどころか、わざわざ靖国参拝を政治問題に引きずりこむ行為だ。
安倍首相がいったん、靖国参拝断念を外交の取引材料にした以上、仮に秋の靖国神社例大祭に「国民への公約を果たす」と参拝したとすれば、それは中韓の一層の外交的反発を招き、“安倍に騙された”と国際的非難を煽るための格好の口実にされることは見えている。歴史は68年前に逆戻りし、日本は再び戦後レジームの出発点、すなわち、中韓への謝罪から始めなければならなくなるのだ。
※週刊ポスト2013年8月30日号