阪神タイガーズの本拠地として、さらに高校球児の聖地として多くの野球ファンを魅了する甲子園球場は、日本でも数少ない天然芝使用の野球場。試合に敗れた高校球児たちが甲子園の土を持ち帰る姿はおなじみだが、その“土”ついてのエピソードを、スポーツライターの永谷脩氏が綴る。(文中敬称略)
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甲子園・高校野球の取材は、大体は新米記者が行なう。私も駆け出しの頃、『少年サンデー』で甲子園の連載を担当していた。取材を終え、挨拶をして帰ろうとすると、名物グラウンドキーパーの藤本治一郎に「若いの、ちょっと待っとれ」と声をかけられ、「甲子園テニスクラブ」の近くにあったおでん屋に誘ってくれた。「甲子園の土」はどこから持ってくるのかという企画で、藤本に質問をした日の帰りだった。
当時、甲子園の土は鳥取の黒土と芦屋浜の砂土を混ぜ合わせて作られていた。天候や風向、温度によって調合を変えており、甲子園のグラウンド状態の良さは、プロの選手の間でもつとに有名だった。
1997年のことだったか、イチロー(現・ヤンキース)人気で湧いたグリーンスタジアム神戸(現・ほっともっとフィールド神戸)で試合途中に大雨が降り出した時、オリックスの選手たちが、「ここは甲子園と同じ阪神園芸(の管理)だから水はけがすごくいい」と自慢げに話していたのを覚えている。藤本はこう語っていた。
「そらそうよ。ワシらは仕事に命をかけとるさかい、台風が来たときでも、家より甲子園が気になって足が球場に向く」
※週刊ポスト2013年8月30日号