中東の情勢が緊迫している。アベノミクスで浮かれている国内とは違って、ウォール街では中東の暴発を「今年最大の経済リスク」と捉えている。作家の落合信彦氏が暴発の可能性を指摘する。
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参議院選挙に圧勝した首相の安倍は、その直後に東南アジア諸国を歴訪し、8月下旬にはバーレーン、クウェートなど中東諸国へ外遊に出かける予定だ。
安倍は「選挙によってアベノミクスが国民に信任された」と気をよくしているようだが、アベノミクスによる泡沫の好景気など一瞬で吹き飛びかねないリスクがすぐ目の前にある。しかも、その「震源地」はまさに安倍がこれから訪れようとしている中東なのである。
ウォール街では、この秋にも勃発する「中東危機」に備えて“逃げ時”をいつにするかの情報が飛び交っている。巨額のマネーを動かす者たちは既に市場の壊滅的な急落を見据えているのだ。それほどに事態は差し迫ってきた。その来るべき中東危機とは、イスラエルとイランの衝突である。
イスラエル首相のネタニヤフが国連総会の演説で、爆弾のイラストを使いながらイランの核開発を批判したのは昨年9月のことだった。その時にネタニヤフは、イランの濃縮ウラン保有量が核兵器1個分に達する手前に、レッドライン(越えてはならない一線)があると明言した。にもかかわらずイランはウラン濃縮施設の稼働を止めなかった。20%濃縮ウランの保有量は既にネタニヤフの言うレッドラインを事実上越えているという見方さえある。
イスラエルはこの5月、イランと良好な関係を保つシリアの首都・ダマスカス近郊にある軍関連施設を空爆した。「次はお前たちの番だ」というイランへの警告に他ならない。
正面からの軍事攻撃には国際的な非難が高まるため、イスラエルは諜報機関・モサドを使って核開発に携わるイランの科学者を暗殺し、ウラン濃縮施設のシステムにサイバー攻撃を仕掛けるなどしてきた。だが、それに対してイランは、インドやグルジアにあるイスラエル大使館へのテロ攻撃で応じた。緊張は臨界点近くに達してしまった。
7月末にイスラエルはアメリカの仲介でパレスチナ自治政府との直接協議を約3年ぶりに再開した。中東和平への第一歩のように報じられているが、両者の主張には大きな隔たりがある。パレスチナ側は67年の第3次中東戦争の前の境界線を基本に交渉しようとしており、イスラエル側にとってはお話にならない前提だ。協議再開は周辺諸国を油断させるポーズに過ぎないのではないか。
イスラエルはイランの北に位置するアゼルバイジャンに対して、イラン空爆に際してのサポートを求めていて、アゼルバイジャン側が協議に応じたとの情報がある。
また、核巡航ミサイルを発射できる潜水艦をペルシャ湾に潜らせているともされる(イスラエル政府は核保有について「否定も肯定もしない」というスタンスだが、同国が200発以上の核兵器を保有していることは公然の秘密だ)。国土が日本の四国程度、人口も約800万人と少ないイスラエルは、陸戦ではなく海戦や空戦で決着をつけるシナリオを描いている。
ネタニヤフの決断ひとつで、イランの拠点を叩く準備は整った。こうした情報から、多くの専門家は「イスラエルのイラン空爆」を懸念する。
※SAPIO2013年9月号