パキスタンの女子中学生、マララ・ユスフザイはイスラーム主義組織によって生活が脅かされている様子を英国の放送局・BBCに投稿し、そのため銃撃され生死の境をさまよった。奇跡的に回復したマララは国連本部で「世界のすべての子どもたちが無料の義務教育の機会を確実に得られるよう、お願いします」と訴えた。彼女の願いの背景について、ジャーナリストの常岡浩介氏が体験した現場の言葉を山藤章一郎氏が訊き、報告する。
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16歳の少女はなぜこれほど「教育」を訴えるのか。
ユネスコによると、パキスタンの学齢期女子の3分の1、300万人が就学していないという。女子学校は爆破され、働く女性は抹殺すべしという因習にとらわれた地域もある。仕事帰りのOLがいきなり殺されることも少なくない。少女は16、17歳で、強制的に結婚させられ、修学を断念する。
望まない結婚を忌避したために顔に硫酸をかけられる事件も跡を絶たない。結婚後、逃げ出すと激しいリンチが待つ。男の嫉妬が正義化され、女を殺しても警察は動かない。むしろ名誉の殺人とたたえられ、英雄視される。
長崎放送報道部を経て、ロシア秘密警察に拘束され強制退去。アフガニスタンで拉致され、5か月後解放。パキスタンの諜報機関に拘束され、強制退去。ジャーナリスト・常岡浩介さんの取材はイスラム圏全域に及ぶ。数年前、パシュトゥーン民族の男に詰め寄られた。
「おまえ、ヨメがいるのか」
「離婚した」
「追い出したのか」
「いいや、出て行った」
「殺しただろうな。当然」
パシュトゥーン民族にはイスラムとは教義を異にする〈パシュトゥーンワリ〉という教えがある。身内、親戚が殺されたらかならず復讐を遂げなければならないと〈掟〉を重んずる。
そして──別れるヨメは、殺せ。ごく普通に交わされる会話だと常岡さんはいう。
※週刊ポスト2013年8月30日号