中東の情勢が緊迫している。イスラエルによるイラン空爆が危惧されているが、それとは別のシナリオもあり得る。作家の落合信彦氏が解説する。
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6月のイラン大統領選で当選したロウハニについて、日本のメディアは「穏健派」と報じ、中東危機が遠のいたかのような印象を抱かせたが、彼の国の内在的論理をまったく理解していない。イランの意思決定は最高指導者であるハメネイが行なう。選挙で選ばれた大統領は行政権を持つナンバー2に過ぎないのだ。ハメネイが国民の困窮を顧みずに核開発を進める以上、危機が遠のくはずがない。
イランの攻撃による開戦が現実味を帯びてくるのは、現代の戦争における先制攻撃(Preemptive Strike)の重要性が非常に高いからだ。パール・ハーバーの時代の比ではない。
イランはイスラエルを射程に捉えるクラスのミサイルの発射実験を繰り返しており、実戦に投入できる数は2万発とされる。それらを逐次投入せずに一気にイスラエル最大の都市・テルアヴィヴに撃ち込むという戦術が採られるだろう(首都・エルサレムはイスラム教の三大聖地の一つのため、攻撃対象にはできない)。
イスラエルは「アロー」という非常に優れた迎撃ミサイルを持つが、2万発はとても撃ち落とせない。テルアヴィヴが壊滅的な打撃を受ければ、世界最強と謳われるイスラエル軍とて戦闘の継続は難しい。
先にトリガーを引いたほうが勝てるとわかっているのだから、批判を顧みずイランが先に「レッドライン」を踏み越えかねないというわけだ。
※SAPIO2013年9月号