日本はお金持ちに厳しすぎる悪平等社会か、否か。富裕層に対する課税強化の動きが強まる中、エイベックス・グループ・ホールディングス社長の松浦勝人氏がフェイスブックで次のように発言(8月2日)し、波紋を広げている。
<富裕層は日本にいなくなっても仕方ない。僕は日本が大好きだが、日本は僕らを嫌いなようだ。(中略)貧困層の話題はよくマスコミに出るが、富裕層の悩みはほったらかしだ>
<阿部(原文ママ)内閣支持率向上の狙いのためか、たいした税増収にならないにも関わらず富裕層への所得増税は決まり地方税とあわせれば55%という税金が所得にかけられる。そして、相続税も半端じゃない。うかつに死んだら家族が路頭に迷うはめにもなりかねない。(中略)所得税が20%代の国はたくさんある。相続税のない国もある。こんなことをしていたら富裕層はどんどん日本から離れていくだろう>
ことの是非を問う前に、国外脱出を実行した富裕層たちの言い分を聞いてみよう。3年前にシンガポールに移住した会社経営者で個人投資家でもあるH氏(52歳)はこう語った。
「日本を離れた理由は2つ。ひとつは日本の懲罰的な税制が嫌いになったこと、もう一つはプライベート面で中国人女性と結婚し、男の子が生まれたんですが、こんな閉鎖的な社会で、この子を育てたくないと思った」
いま富裕層の間で人気なのがシンガポールである。 世界的な大物投資家のジム・ロジャーズ氏(米)、日本からも精密機器HOYAの鈴木洋CEOなどが拠点を移したことでも知られる。推定総資産7000億円ともいわれるファーストリテイリングの柳井正氏もシンガポールへの移住が取り沙汰されたことがある。
シンガポールは相続税・贈与税がゼロなのに加え、法人税も一律17%、さらにキャピタルゲイン課税(資産売却益への課税)がゼロなのも富裕層たちの支持を得る理由だ。
年収1億円弱を稼ぐH氏にとってこの課税ギャップは余りに大きい。政治的にも安定し、教育、医療の水準が高いため、家族での移住も安心だ。
「長く先物の会社を経営し、FXや新規金融商品にも取り組み業績を拡大させてきました。ただし上場させるつもりはなかった。取引所に注文をつけられるのが嫌で会社はそこそこの規模で良かったんです。それが自分の器だと思っていました。そんな私に、まるで稼ぐことが悪いかのように目を付けてくるのが国税でした」
国税査察官は、重箱の隅をつつくかのように細かくチェックする。ささいな経費処理の不備を言い立てては、徴税しようとした。
国家の歳入を担う国税査察官たちの矜持といえば聞こえはいいが、H氏が彼らの仕事ぶりから窺えたのは「稼いでいる人間は悪いことをしているに違いない」という先入観だったという。
H氏がシンガポールを選んだ決め手となったのは、「何より我々の存在を認めてくれるから」と語る。シンガポールのリー・シェンロン首相はかねてから「富裕層を呼び込めば彼らはビジネスを呼び込み、雇用は拡大する」と公言してきた。人口530万人のシンガポールだが、同国に資産を保有する富裕層は前年比1割増の10万人を突破したという。
一方の日本の富裕層は190万人。ただし、あるシンクタンクの試算では、シンガポール、オーストラリア、カナダ、スイスに移住した富裕層によって年間、少なくとも390億円もの資産が失われているという。
H氏は声を強めた。
「国だってサービス業でしょう? 税金を払う人間がいるから公務員は給料がもらえるし、国民にサービスを提供できる。で、あれば富裕層で税金をたくさん払う人には子供の教育、清掃、ゴミ回収、警備……何でもいいのですが、税金をたくさん払っていて良かったと思わせるものが必要なんじゃないでしょうか」
※週刊ポスト2013年9月6日号