近藤誠氏著『医者に殺されない47の心得』が100万部突破のベストセラーとなっているが、医師の中には、近藤氏が提唱するがん放置療法を否定する人も少なくない。日本尊厳死協会副理事長でもある長尾クリニック院長・長尾和宏医師と、翻訳業の傍らボランティアでがん患者の相談に乗っている藤野邦夫氏の2人は、共著となる新刊『がんの花道』(小学館)で、近藤氏による「早期発見、早期治療は意味がない」という主張に真っ向から反論している。
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長尾:最近、慶應義塾大学医学部放射線科の近藤誠先生が、がんの早期発見、早期治療は意味がないなどと複数の書籍で書いておられますが、私はそれは絶対に違う! と思っています。早期発見、早期治療はいくらでもあります。実際、私は早期発見して、早期治療した結果、助かっている患者さんをたくさん診ています。
逆に、一部のそうした本で書いてあるような、手術はしない、放置すればいい、という主張を信じて、手術さえすれば助かったのに亡くなっていかれた患者さんもたくさん見てきました。同様に、抗がん剤は効かないと抗がん剤治療を否定する主張を信じて、最初は抗がん剤治療を拒否していた患者さんが、後からやっぱり抗がん剤治療を始めているケースも見かけます。このケースでは、「どうせやるなら、もっと早くからやっていればよかった」と患者さんは後悔されています。そのようにして失われた時間は本当にもったいないですね。
こうした医療否定本というべき書籍が、医療界に一石を投じようとする意図は理解できます。しかし、残念ながら書いてあることの全部が正しいとはとても思えません。正解も大間違いも混在しているのが実態だと思います。こうした医療否定本を鵜呑みにして、助かる命をみすみすなくされないか、私はそれを心配しています。
藤野:早期発見の意味がなければ、ますますがんで苦しんで亡くなる人が増えますよ。近藤さんたちの説を信じて、定期検診や検査を受けなくなる蛮勇の持ち主は少ないでしょうが、心配な点は、もともと定期検診や検査を受けたくない人たちが、やっぱり受けなくていいんだと納得してしまうことです。そのような影響が出るとすれば、発言者の社会的責任には大きいですね。
現在、薬物療法のおかげで、がん患者が元気で暮らせる生存率は大きく伸びています。薬は病気を治すためだけにあるのではなく、追いつめられた患者の病状を改善し、生きる希望を与える効力も持つのだと私は思います。
さらに問題は、正統派のがん医療にたずさわる医師たちが、医療否定本にあまり反対しないことです。かれらはバカバカしいとあざ笑っているようですが、それは患者や一般市民に対する怠慢です。医師の特権意識がマイナスに作用しています。
長尾:本来、医者は患者さんを助けるのが仕事ですから、どうやったら助けられるかを日々模索して診療をしているわけです。そりゃあ、早期発見、早期治療でも亡くなる患者さんはいます。しかし、早期発見、早期治療で治る患者さんもいれば、残念ながら亡くなるにしても、現代医療、特に緩和ケアの恩恵を受けて、残された時間をご家族と快適に過ごされる患者さんもたくさんおられるのです。
ですから、私は、患者さんやご家族には、ぜひとも勉強をして賢くなっていただきたいと思います。そうすれば、医療否定本に惑わされずにすむと思います。医療の現状を知って、進歩を知って、また欠点も知って、上手に「医療のいいとこ取り」を目指して使っていただくのがいいのではないかと私は思うのです。
藤野:がんを治療せずに放置しろという近藤誠さんの説は、健康で心に余裕のある人が読めば面白いのでしょうが、病気で追い詰められた治療中の患者や家族が読むと、混乱させられるか不安になるだけではないか私は危惧しています。
※長尾和宏・藤野邦夫/共著『がんの花道』より