歌舞伎役者として芸歴をスタートし、その後、数々の時代劇映画やドラマに出演してきた俳優、林与一は見事な殺陣と二枚目ぶりが何十年も変わらない。その色男ぶりのルーツについて語る林の言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏が綴る。
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林与一は70歳を超えた今も舞台などで活躍、変わらぬ色気ある芝居で観客を魅了している。
関西歌舞伎の名門に生まれた林は、1958年に15歳で初舞台に立つ。その数年後、単身で東京に移り、改めて役者としての修行を始めた。弟子入りしたのは長谷川一夫。「流し目」で一世を風靡し、映画界に君臨した「元祖・二枚目スター」だ。
「長谷川一夫の家に居候していました。『人が七時間寝るなら三時間にして、残りの四時間を勉強しろ』と、とにかく言われまして。ですから23歳くらいまでは外で飯を食べることもまずなかった。長谷川を朝起こして、舞台に付いていって、それから帰ってきてご飯を食べ、寝るまでお付き合いする。その間に芸の話を伺いました。
私の芝居の九割が長谷川の影響です。例えば衣装の選び方。長谷川は背が高くないので、格子柄の着物を着たら縦の格子の色を少し濃くしていました。そうすることで、縦に長く見える。
立ち姿の『かたち』も長谷川流です。『舞台では、役者がつらく思えるような格好が人さまには綺麗に見えるよ』と。浮世絵って綺麗ですけど、つらい姿勢をしています。ああいう格好を舞台でしなきゃいけない。
大事なのは、どうしたらお客さんにいい格好に見えるかということです。芸というのはお客さんが楽しむためにあるんだから、自分が楽しんでいい気持ちになっちゃいけない。自分のやりたいものは必ずしもお客さまには新鮮ではないんです」
※林与一氏は、10月6日に「芝本流踊りの会」(大阪・吹田市文化会館メイシアター)に出演・監修。11月4日~12月1日は北島三郎特別公演(福岡・博多座)に出演。
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか。
※週刊ポスト2013年9月6日号