「率直に申し上げまして、弱い者イジメじゃないかと思います。『残念』というより『悲しい』の一言に尽きます」
8月29日に開かれた新型軽トラック『CARRY』発表会の席上でこう心情を明かしたのは、連結売上高2兆5000億円以上を誇りながら“中小企業のオヤジ”を自認するスズキの鈴木修会長兼社長。
長年、自動車業界のみならず政財界のご意見番として絶大な存在感を見せてきたカリスマ経営者も、今回は追い詰められている様子だった。
なぜなら、車の排気量に応じて課税する「自動車税」の値上げを総務省が検討しているからである。しかも、2015年に廃止される自動車取得税の代替財源として、軽自動車税の値上げだけが俎上に載せられていることに、「遠慮会釈もない」とばかり鈴木氏は怒っているのだ。
確かに1000cc以下の小型車でも2万9500円の税金が徴収される制度において、660cc以下の軽自動車が7200円というのは、格差がありすぎるとの批判が出るのも当然かもしれない。
だが、維持費の安さと燃費を含めた目覚ましい技術向上で全保有車数の41%を占めるまでになった軽自動車の税金が大幅に上がれば、販売好調の勢いに水を差しかねない事態となる。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏も危惧する。
「たとえば大幅増税で1万9800円なんてことになっても、まだ軽自動車を買う人はいるでしょうが、販売台数の落ち込みは避けられないでしょう。なんとか2倍以内の増税で収めなければ、軽自動車をコアビジネスとするスズキにとっては死活問題となります」
軽自動車税は米国からも「不公平だ」と指摘されるなど、TPP交渉でも焦点のひとつになっている。では、スズキはこのまま国策にも巻き込まれる形で増税案を呑まざるを得ないのか。前出の井元氏は「隠し玉もある」と話す。
「税金を上げるなら全長3.4メートル以下、幅1.48メートル以下、4人乗りと制限されていた軽自動車の規格見直しを条件にすればいい。これまで日本ではそのサイズ、外国向けには少し幅を広げてと作り分けていたので無駄なコストもかかっていました。それが国際戦略車として売りやすい軽規格に変われば、大きなチャンスにもなります」(井元氏)
鈴木氏は、行政関係者が税金を上げる根拠として必ず使う「軽自動車はもう普通車と同じくらい素晴らしいから……」のフレーズを極端に嫌ってきたという。なぜなら、極めて限定された規格条件の中で、他国のメーカーでは決して真似できないような軽自動車を数多く開発してきた自負があるからだ。
「スズキが軽自動車に込めた思いは、他メーカーとは比べ物にならない。鈴木さんも『軽は芸術品。普通車と変わらないとは何事だ』とのプライドが強い」(業界関係者)
すでに、スズキは軽自動車以外でも、持ちうる技術力を如何なく発揮し始めている。
「車の発電にムダなガソリンを使わないエネチャージや、アイドリングストップ中でもクーラーを効かすエコクールを採用するなど、スズキの代名詞だった“コスト至上主義”を切り崩すような積極的な技術開発を行っています。
その結果、小型車の『スイフト』ではいきなりリッター26.4kmを達成。新型『フィット』(9月発売)の26kmで業界ナンバーワンと言おうとしていたホンダの目算を狂わせました。それだけ逆風下で危機感が強い表れともいえます」(井元氏)
世界戦略の重要拠点であるインドは、景気減速懸念から新工場建設のメドも立っていない。国内の増税交渉と併せ、83歳の鈴木氏がやらなければならないことは、まだ多い。
「道路の狭い島国の日本では、軽自動車が商売にも通勤にも運搬にも『庶民の足』として活躍しています。購入者層も低所得者に多い。それなのに増税で追いやってしまうのは、国家として得策なのか。ぜひ軽ユーザーの味方になってバックアップしてください」
冒頭の会見で、詰めかけた報道陣に訴えかけた鈴木氏。今回の増税論議はスズキの生き残りをかけた戦いだけでなく、今後の日本のクルマ社会を揺るがす重要な岐路になるかもしれない。