ウィリー・ラム氏は天安門事件のスクープ報道で脚光を浴びたジャーナリストで、現在は国際教養大学教授。同氏が、金大恩氏の「10月訪中」情報について解説する。
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北京の外交筋によると、北朝鮮の金正恩・第一書記が今年10月に訪中する予定だ。金氏は北京で習近平・国家主席ら最高指導部と会談し、中国側が求める核開発の停止や六か国協議の再開について話し合い、見返りにストップしている北朝鮮向け経済支援の再開を要求する。核実験やミサイル発射実験を行なうなど、中国を公然と無視してきた金氏も、ついに中国の“弟分”の座に落ち着くことになる。
同筋によると、昨年11月の第18回党大会で習氏が党総書記に就任後、中国指導部は外交ルートを通じて、金氏に自ら訪中して習氏の最高指導者就任を祝うよう要請した。しかし、金氏は中国側が北朝鮮の核開発に反対していることを理由に拒否。祝電さえ打たず、3月の全国人民代表大会で習氏が国家主席に選出された際も同様に無視した。
中国との関係を「鮮血で固めた友誼」と形容する北朝鮮のトップが、10年に1度の中国最高指導者の交代を無視するのは極めて異例で、「外交上でも最大級の非礼」と同筋は指摘する。ちなみに、中国と関係が険悪化している安倍晋三首相でさえ、国家主席就任への祝電を送っている。
同筋によると、習氏は金正恩氏の度重なる暴走についても、「まだ若いから」とか、「偉大な父親を亡くして気負いがあるのだろう」などと庇っていたのだという。
その堪忍袋の緒もついに切れ、石油の供給ストップや中国内の北朝鮮関連の銀行口座凍結、経済支援の停止など、中国としては初めてといえる厳しい経済制裁を実施した。
これにはさすがの金氏も顔色を失った。中国要人と強いパイプを持つ叔母の夫、張成沢・国防委員会副委員長を特使として派遣しようとしたが、これまで一貫して軍事より経済優先を主張してきた張氏は病気を理由に訪中をやんわりと断わったとされる。
金氏は代わりに側近の崔竜海・朝鮮人民軍総政治局長を派遣。習氏は北京で崔氏と会うには会ったが、崔氏が携えた金氏の親書を受け取るとすぐに側近に渡し、会見もわずか15分で中座した。親書はその場で読むのが外交儀礼だ。さらに、中国側は崔氏一行のために午餐会も晩餐会も開かず、すぐに追い返してしまった。
その1か月後、北京を訪問した韓国の朴槿恵・大統領の場合、晩餐会と午餐会を行なって、ファーストレディの彭麗媛さんまで出席するなど熱烈歓迎した。北と南でまったく対応を変えたのである。
「金氏は習氏の怒りを解くため、核開発などについて弁明することを決め、再度、特使を派遣して訪中の意思を伝えた」と同筋は明らかにする。
習氏の毛沢東信奉は有名だが、かつて毛主席はソ連を牽制するため長年の敵だった米国と外交関係を樹立した。いわゆる「敵の敵は味方」という冷戦思考だが、今回の南北朝鮮への習氏の対応を見ると、かつての毛主席の外交巧者ぶりを彷彿とさせる。10月の金氏との首脳会談で習氏がどのような手腕を見せるのか、同氏の外交能力を測る試金石になりそうだ。
※SAPIO2013年9月号