経営再建中のシャープが社員に出した命題は、「いち早く結果が出る商品の開発」。そこで健康・環境システム事業本部の新規事業推進プロジェクトチームチーフ、田村友樹が考え出したのは、自宅でジュースやスープが簡単にでききる「スロージューサー」だった。
2011年6月、田村はジューサーの開発を提案した。ところが、周囲の目は冷ややかだった。「なんの実績もない我が社が、今さらジューサー市場に参入して勝ち目があるのか?」そんな声が圧倒的だった。さすがの田村も答えに窮した。
ある日、海外出張先で1台のジューサーに目がとまった。通常、ジューサーは、金属刃を高速回転させて果物や野菜をカットしながら粉砕してジュースにする。ところがそのジューサーは、じつにゆっくりしたスピードで、しかもカットするのではなく石臼のように“すり潰し”ながらジュースにしていたのだ。
従来のジューサーは使用後の手入れが大変だが、この低速圧縮絞り方式の「スロージューサー」は金属刃を持たないので、安全に手入れができる。しかも繊維質がたっぷり含まれた搾りかすも分離できる。
「このスロージューサーを日本式にアレンジすれば、他社との差別化が図れる!」
そう確信した田村は、早速そのジューサーを作っていたメーカーと交渉した。構造部は共同開発するものの、モーターの回転を制御しやすいように交流式に変更するなど、国内向けの仕様を決め、わずかな期間で試作機を作り上げた。
だが、実績の無いジューサー市場への参入に対する社内の反対の声は、いっこうに収まらなかった。それどころか、基幹構造が他社と同じものだとわかるや、「商品開発に他社の力を借りるとは何事だ!」という不満の声もヒートアップ。
だが、田村はそんな声に対し、粘り強く説得していった。「たしかに実績はありません。でも、早急に社の業績を上げることは大きな課題です。これまでと同じ考えでは、扉は開きません」
しかし、反対の声は止まない。田村は腹を括り、ある行動に出た。営業を取り仕切る販売会社社長に声をかけたのである。
「社長、ぜひ見ていただきたいものがあります」
試作機でジュースを作り、試飲してもらおうというのだ。出来たての生ジュースを飲んだ社長はいった。
「おもろいやないか。やったらええ!」
社長のこの一言で、道が開けた。田村は同様の方法で、製品化に疑問を抱く部署や担当者に試飲を頼んでは、次々と口説いていった。この地道な“プロモーション”が功を奏し、企画を立ち上げてからわずか1年後の2012年6月、シャープのスロージューサー『ジュースプレッソ』が発売された。
“ポリフェノールやペクチンなどの栄養素が壊れにくい”“果肉の多い桃や固い生姜なども搾れる”と従来の高速回転式ジューサーに対する優位性が評判を呼び、たちまち月間4000台の販売目標を超える人気商品になった。ジューサーの売り上げが落ちる冬場には、鍋料理に欠かせない大根おろし作りに使えることをアピールして、シニア層の支持を得ることにも成功。
「大根おろしのアイデアは、例の販売会社の社長からいただきました。これで季節にかかわらず売れる商品になると確信を持ちました」
今年4月には、パーツの数を減らすことでさらに手入れが簡単になった後継機が早くも登場。シャープの看板である“ヘルシオ”の名を冠し、名実ともに同社の看板商品に成長した。
■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年9月6日号