【書評】『(株)貧困大国アメリカ』(堤未果著/岩波新書/798円・税込)
【評者】川本三郎(評論家)
一九七六年、アメリカ建国二百年の年に、アメリカの原イメージは何かというアンケートがあった。多くのアメリカ人が選んだのは大草原の小さな丸太小屋だった。個人がフロンティアを切り開いてゆく。アメリカン・ドリームもそこから生まれた。
しかし、いま、アメリカではグローバルな大企業が個人を圧倒している。農業や牧畜に関わる小規模な農家は次々に大企業に駆逐されている。原イメージが破壊されている。
堤未果『㈱貧困大国アメリカ』は、大きな話題になった『貧困大国アメリカ』シリーズの完結篇になる。今回も、豊かで夢あふれる国である筈のアメリカが、一%の富裕層と九九%の貧困層に分かれた極端な格差社会になってしまった現実を明らかにしてゆく。
驚くべき事実が次々に紹介されてゆく。
例えば「SNAP」(補助的栄養支援プログラム)。政府が低所得者や高齢者、失業者などに食料購入費を補助する。十二万ほどの月収の者には月一万円ほど援助される。クレジットカードのような形のカードをスーパーなど提携店で提示すればよい。
受給者は一九七〇年には国民の五〇人に一人だったが、今では七人に一人だという。オバマ政権が推進する生活保護政策だが、問題はこれによって、売上げが入る食品業界、偏った食事が生む病気によって売上げが伸びる製薬業界、さらにカードを請負う金融業界が潤うこと。この三者は大統領選の時、オバマへ大口の献金をしたという。
農業地帯では大手企業が進出することによって、それまでアメリカを底辺で支えていた個人農家が大きな打撃を受けている。
効率重視の経営を強いられることにより、かつての大草原の丸太小屋のような個人農家はたちゆかなくなる。さらにGM作物(遺伝子組み換え作物)に一度、頼ってしまうと、結局はその種子を独占している企業の言いなりにならざるを得ず、伝統的な農家はすたれてゆく。
アメリカ国内で起きているこの「一%」が「九九%」を津波のように呑み込んでゆくモンスター現象は、イラク戦争後のイラクで現在進行中という事実にも驚かされる。イラクはいまや「多国籍企業の夢の地」とさえ呼ばれている。
こういう事例を読んでゆくと当然、TPPに危機感を覚えざるを得ない。強者はますます強くなり、その一方で弱者はいよいよ沈んでゆく。
※SAPIO2013年9月号