2013年5月から6月にかけて、あるストーカー殺人の裁判があった。同性愛者の被告人は、交際相手へのストーカーと放火、3名の殺害で起訴されていた。愛情がどうして殺人事件にまで発展してしまうのか。法廷で聞いた現場の言葉を、作家の山藤章一郎氏が報告する。
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手錠に、腰縄の被告人・浅山克己(47)が入廷してきた。短髪、土気色の顔、猫背。目の前に坐る3人の検察官を、上目遣いで窺う。検察官たちは、メガネの年上、快活そうな長身の若いの、体にぴったりの黒スーツの女性らである。若い堀越健二検察官が、要点を陳べる。
「被告人は同性愛者で交際相手2名に対するストーカーおよび2件の放火、3名の殺害で起訴された」
以下、整理する。
一、2010年10月──被告人・浅山克己は桐野恭一(仮名・43歳)に恋慕を募らせてつきまとい、脅迫を繰り返し、名古屋から山形県の実家まで追いかけて、恭一の父母を殺害、放火した。
二、山形での放火よりほぼ1年後の2011年11月──恭一のあとで愛し合った大原義男(仮名・45歳)に東京に逃げられた。
隠れているに違いないと考えた江東区の実家に不法侵入し、実母を殺害放火した。
一と二、〈山形〉も〈東京〉も犯行への同じ顛末をたどっている。ホモサイトなどで知り合う→半同居する→相手が親許に逃げる→暴力的に追いかける→親を殺す。今年2013年5月6月の2か月、初公判から判決まで全11回の裁判だった。以下、故郷の山形に逃げ、父母を殺された桐野恭一の証言を中心に、事件を解く。
法廷は、終始張りつめていた。三面に折り畳める青地の布パーティションに遮られ、〈元・愛し合った〉互いの顔は見えない。
「そこにいて声を聴かれている。ついたてが倒れたらと、怖いです」
恭一の、か細く、おびえた震え声だけが法廷に這う。パーティションの端からも、風貌は覗けない。
実家は某・伝統工芸を営むが、先行きの見込みは薄い。しかも自身は、ゲイで、女と結婚する気はない。親にカミングアウトせず、大学卒業後、山形市内、ついで名古屋に出て、飲食の仕事に就いた。職場でゲイがバレぬよういつも身をちぢこませていた。ある日、スーパー銭湯に行った。
「そのお風呂で友人に会い〈ウォンテッド〉という同性愛者のメンズネットサイトの話で盛り上がりました。そこに浅山が加わって意気投合し、その日のうちに肉体関係を持ちました」
恭一のホモサイトのキャラ名は〈虎之助〉。
「それから、ほとんど一緒に住むかたちで、浅山の下着の洗濯もするようになりました」
ところが4か月後、小さな波風が立つ。
「『こんな何もないクリスマスは初めてだ』って、リモコンとチャッカマンで頭を殴られました」
年を越え、別れ話に進んだ。だが浅山は「まわりにも、お前の親にもゲイをバラすぞ」と脅しつづけ、逃亡をふせぐために職場まで迎えに来る。若い堀越検察官が訊く。
──別れ話がさらに出たのは?
「私、ほかの男と肉体関係を持ちました。浅山と離れたくて。それがバレて、仕事を終えて帰った深夜から朝9時まで、『どうしてもお前と別れたくない』『(アパートに)帰ったらまた浮気するだろ』と繰り返し責めるのです。仕事には行かせてもらえますが、つめよってくる。『おめえみたいな庶民のいってることはわかんねえ』『自分は完璧な人間。神に近い存在』が口癖で、私に『クズ』『クソガマ』。はい、クソのオカマのことです」
●脅す●つきまとう●強圧をかける●長時間、責め口上をあびせる。●半ば監禁する●人格を否定する。この後、●押しかける●連れ回す●面会強要する●監視する●迷惑メールを打つ●「性癖をバラす」と脅す。
ストーカーの典型行動が続く。浅山はどんな境遇に育ったのか。第8回公判で姉が証言する。
「弟は、父の暴力がひどくていつも母をかばってました。家計が困難で学歴は中卒。美容師をめざして上京した。私たちの兄は25歳で自殺しました」
親の暴力は子に連鎖するのか。第9回公判で、森川奈津検察官が、浅山の壊れた生活を明かす。
「あなたがカードローンで買った物、部屋からいっぱい出てきました。時計36個、帽子25個、サングラス35個、靴が200足」
そういう出自と生活である。ブログに、肩の入れ墨と女装姿が公開されている。地元一部で、「カマヤクザ」と呼ばれていた。
※週刊ポスト2013年9月13日号