2020年五輪開催地決定がせまっている。東京開催が決まった場合の多様な訪日客に対応するためだろう、8月末、関西国際空港ではイスラム教徒向けの祈祷室を増やし、イスラム教の教えに則って処理、調理された食事を提供する予約制のサービスを開始すると明らかにした。
イスラムの教えでは豚肉を口にしてはならず、アルコール類もダメ。牛や鶏でも教えに則って解体されたものでなければならない。これらは化粧品やシャンプー、洗剤など肌に触れるもの全般に及ぶ。条件を満たせばイスラム教徒にとって安心安全な環境というお墨付き、「ハラル」認証を得られる。すでに北海道のルスツリゾートではマレーシアの公定監査人から認証を受けハラルマークを表示、多くの団体客を受け入れている。
世界で18億人、近い将来に20億人になると言われているイスラム教徒対応が日本でも本格化していると、一般社団法人ハラル・ジャパン協会代表理事の佐久間朋宏さんは言う。
「空港では成田も羽田も、よりいっそう充実した対応をしようと準備しています。ホテルやレストラン、アウトレットモールなど観光客が利用する施設だけでなく、行政からも数多くの相談を受けています。もし東京五輪開催が決まったら、選手団への対応だけでなく、観光客にも日本を楽しんでもらいたいと考えているのです。今は水面下で民も官も準備中ですが、もっとはっきり見える形でハラルへ対応する準備が始まり、加速していきますよ」
イスラムの教えで許された健全な商品や活動全般、つまり「ハラル」についての情報提供、講演会や研修会等を実施している同協会は、年の初めにはセミナーを1年間で30回程度開く予定をたてていたが、要望が増えたため100回になりそうだという。昨年の尖閣諸島問題をきっかけに中国で反日暴動が多く起きた頃から少しずつ相談が増え始め、2013年になってからは目立って相談件数が増加しているという。
「訪日観光客といえば以前は中国からのお客さんに目が向いていましたが、いまは7月にビザの発給要件が緩和された東南アジア5カ国への関心が高まっています。マレーシアやインドネシアはイスラム教徒が大変に多い国で、日本への関心も高い。富裕層も増えています。昨年は訪日観光客のなかでイスラム教徒は約20万人と言われていましたが、今年は40万人ぐらいになったのではないかと推計されています」(前出・佐久間さん)
東日本大震災の影響で2011年の訪日外国人旅行者数は前年より減少したものの、昨年は再び年間800万人台に戻り、今年は7月に単月過去最高の100万人台を記録している。この伸びを後押ししたのは、7月にビザが緩和された東南アジアからの観光客だろうとみられている。そのうちマレーシアは国民の6割強、インドネシアは9割近くがイスラム教徒だ。
「世界のイスラム教徒対応の市場は食べ物だけでも60兆円と言われています。ところが、そこに日本食は含まれていません。それでも日本食への関心は高く、イスラム圏からのお客さんで和食、天丼、ラーメンなど食事を楽しみたい人はとても多いのです。ハラル対応は本当の意味でのユニバーサル対応につながります。ビジネスに宗教をとりいれるのが日本は苦手ですが、ぜひ正しくハラルを知って取り組んでほしいです」(前出・佐久間さん)
親日感情が強いと言われるイスラム圏の人々にとって日本は遠い国だったが、LCC(格安航空会社)の発達により行きやすくなった。また、彼らの間に富裕層が増えつつあり、海外旅行先のひとつに日本を希望する人も少なくない。ところが、せっかく日本へ旅行に来たというのに、ハラル対応のレストランを見つけられず、部屋でずっと持参の缶詰を食べていたという寂しい話もきく。
イスラム教徒対応ビジネスは、食品、衣料品、化粧品等すべてで約200兆円と世界銀行は試算している。東京五輪開催をきっかけに、日本も大きな変化を迫られているのか。