俳優の林与一は、歌手の故・美空ひばりさんの相手役としていくつもの映画に出演した。ひばりさんとの共演の思い出を語る林の言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏が綴る。
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1964年のNHK大河ドラマ『赤穂浪士』の準主役で人気スターとなった林与一は、1960年代後半から1970年代にかけて映画『お島千太郎』などで美空ひばりの相手役を務めている。「昭和の歌姫」として数々の名曲を残してきた美空ひばりだが、当時は女優としての人気も高く、時代劇を中心に多くの映画・舞台に主演していた。
「ひばりさんには、しょっちゅう怒られました。『長谷川(一夫)先生についていて、なんでこんなことができないの?』って。僕は長谷川のマネをするだけなのが嫌だったから、そうじゃない芝居をしたかったんですが。
ひばりさんは『与一、こんな格好できない?』『ここのところはこうするんだよ』と教えてくださるのですが、そういう時の男の格好が上手いんですよ。
最初はバカにしていました。歌い手がなんで俺に教えるんだ、と。でも、やっていることを見ていたらたしかに間違いはないですし、何よりあの人の立ち回りにお客さんが手を叩く。
それで気づいたんです。お芝居というのは、最初は人のコピーから入って、そこから自分自身へと抜けだすものなんだと。それで(萬屋)錦之介さんの映画を観たりして、ひばりさんの求める芝居を勉強しました。
そういうのを積み重ねながら、ひばりさんに『やっとできるようになったね』と認められるまで三、四年かかりました」
※林与一氏は、10月6日に「芝本流踊りの会」(大阪・吹田市文化会館メイシアター)に出演・監修。11月4日~12月1日は北島三郎特別公演(福岡・博多座)に出演。
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか。
※週刊ポスト2013年9月13日号