安倍政権は2%の物価上昇目標を掲げている。それにより、日本経済がデフレを脱し、インフレ経済に舵を切ることは、経済全体にとっては望ましいことだ。だが、安倍首相は10年前の自民党幹事長当時、「インフレ経済下では年金をカットする」という悪魔のようなカラクリを仕組んでいた。
どういうことか。物価が上昇すれば、相対的に通貨の価値は下がる。もし年金額が固定されていたとしたら、当然、年金受給者の生活は苦しくなる。そこで、かつては物価の上昇率に応じて毎年受給額を増やしていく「物価スライド」という制度が導入されていた。
しかし、2004年の年金改正で、「物価スライド」は破棄され、新たに「マクロ経済スライド」が導入された。インフレ率から「スライド調整率(厚労省は0.9~1.4%を見込む)」を引いた改定率を毎年適用し、年金額を決める制度だ。
たとえば、安倍政権が目論む物価2%上昇、スライド調整率1%が実現したとする。すると、「物価スライド」であれば2%増えたはずの年金が、「マクロ経済スライド」では1%しか増えないことになる。つまり、実質的な年金カットである。
マクロ経済スライドは、2015年4月の時点でインフレ経済になっていれば「発動」される予定だ。2%のインフレが続くことを前提にすれば、現在60歳のサラリーマンが65歳時点で受け取れる年金額は、本来の額より約4%減る。その目減りの割合は若い世代になるほど大きく、50歳なら13%減、40歳なら21%減。あくまで65歳時点で減る額だが、その後もインフレが続けば、受け取っている期間中も、どんどん目減りする。
なぜこんなわかりにくい複雑怪奇な制度にしたのか。答えは簡単だ。国民が理解できない制度にして、コッソリと減らしてやろうという年金官僚の企みだからだ。
導入が決まった2004年当時、安倍氏は、マクロ経済スライドについて「しっかりとした持続可能な年金制度をつくっていくための抜本的な改正」と自画自賛した。“持続可能”とはつまり、「国の総支給額を減らす」ということ。その大陰謀がアベノミクスによって、10年越しに実現されようとしている。
しかも、8月に発表された政府の社会保障制度改革国民会議の最終報告書では、デフレ下でもスライド調整の適用を検討するよう求めている。これが実現すれば、毎年、自動的に年金額は減らされていく。年金受難の時代は、今後いっそう加速する。
※週刊ポスト2013年9月20・27日号