来春の消費税引き上げを断行すべきかどうか、をめぐって議論が盛り上がっている。安倍晋三首相の肝いりで実施された政府の有識者ヒアリングでは7割超が賛成意見だった。はたして安倍は上げるのか、それとも先送りするのか。読売新聞はかねて増税賛成論だったが、ここへきて先送り論に豹変し注目を集めている。
同紙は社説で2014年4月の引き上げは見送り「景気の本格回復を実現したうえで、2015年10月に5%から10%へ引き上げることが現実的な選択と言えよう」と書いた(8月31日付)。
同時に、後半では「2015年10月に消費税率を10%に引き上げる際は、国民負担の軽減が不可欠だ。税率を低く抑える軽減税率を導入し、コメ、みそなどの食料品や、民主主義を支える公共財である新聞を対象とし、5%の税率を維持すべきだ」と訴えた。
お分かりと思うが、この主張の本音は後半部分にある。
新聞への軽減税率適用はかねて日本新聞協会が各方面に訴えてきた。ところが、8%の税率では上げ幅が小さすぎて軽減は難しいと分かってきた。それなら、いっそ8%は見送って「軽減適用が可能になる10%から始めるべきだ」という意見なのだ。
これくらい大胆に自分の立場を訴えられると、どこかのポチ記者のように「とにかく財政再建には増税を」なんていう財務省の代弁を聞かされるより、よほどすっきりしている。
私はかねて増税反対論を唱えてきた。だから理屈はともかく結論において、読売の豹変は歓迎である。私の知る限り、安倍首相は一貫して増税慎重論者だったが、これで一段と先送りに傾いたのではないか。
というのは、渡邉恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役会長兼主筆は「ニッポンのドン」といえるほど、影響力の大きな存在であるからだ。
これは「いい」とか「悪い」とかの問題ではない。実際にそうと認めざるをえないから書いている。ある元首相からは次のような話を聞かされた。
麻生太郎内閣のときだ。元首相は折からのリーマン・ショックにどう対処すべきか、という話題が一段落した後、自民党幹部にこう話しかけた。「ところで、河村(建夫)さんはナベツネさんのところに行っているかね」
河村とは当時の官房長官である。聞かれた幹部は「は、なんのことですか」と当惑した。すると元首相は「あ、知らなかったか。ときの官房長官は毎月1回、渡邉さんに政情報告する慣例になっているんだよ」
私はびっくりして「え、総理、そんな慣例があるんですか」と口をはさんだ。「長谷川さんも知らなかったか。ナベツネさんは報告を聞くと、ちゃんとお駄賃もくれるんだよ」「なんですか、それは」「だれも知らない秘密の永田町話だよ、ははは(笑)」
以上である。もっと仰天する話もあったが、いまは書かないでおこう。私が言いたいのは、ときの官房長官が毎月、政情報告するような相手はこの日本で「ナベツネただ1人」という事実である。安倍はもちろん、そういう事情を百も承知している。
そんな渡邉が増税反対を社説で訴えるだけでなく『週刊文春』(8月29日号)によれば、懇意の知人に手紙まで書いているという。だいたい安倍は引き上げるつもりだったら、増税法が成立している以上、いまさら有識者ヒアリングなど必要ない。やはり先送りではないか。(文中敬称略)
文■長谷川幸洋(ジャーナリスト)/東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府の規制改革会議委員、大阪市の人事監察委員会委員長も務める。近著に『政府はこうして国民を騙す』(講談社)
※週刊ポスト2013年9月6日号