人気漫画家による小学館ビルの落書きは8月24、25日の2日間で8000人ものギャラリーが集まった。それは改めて、漫画の原点、漫画の魅力を再確認させることともなった。
3兆円市場ともいわれる日本の漫画業界だが、ネットやゲームといった娯楽の種類も増えて、漫画は全盛期を過ぎ、力をなくしてしまったという声もささやかれる。
藤子不二雄Aさんは、いまこそ漫画の原点である“落書き”の精神が大切だと話す。
「ぼくはいまだに漫画を描くことを職業だと思いたくないんですね。非常に贅沢な言い方だとは思いますが、漫画を描くことは、いわゆる漫画少年が、あの日、ノートに向き合った日の延長で。もちろん職業ですけど、そう思ってしまったら描けなくなる」
かつて手塚さんが住み、その後、藤子不二雄Aさんたちが暮らしたトキワ荘は、今から約30年前に解体された。その際、アパートにあったふすまに、藤子不二雄Aさんたちは、惜別の落書きを寄せた。
小学館ビルの落書きは、希望に満ちていた当時を思い出せて、本当に楽しかったという藤子不二雄Aさん。何より若い漫画家が自分と同じように楽しく描いているのを見るのが嬉しかったという。
それは、トキワ荘から30年、確かに受け継がれている漫画の精神、そして希望をそこに見たからだろう。トキワ荘解体の翌年にデビューした浦沢直樹さんはくしくも、藤子不二雄Aさんと同じような思いを口にした。
「漫画って、読み終わったら捨てていいっていうものなんですよ。そういうものだからこそ、ここまで大きくなって来たんだと。大事に扱われたり、重く受け止められたりっていうことは、実は漫画にとってはちょっと足かせになってしまうのかなという気がするんです。
ささっと描いて、みんながわーっと笑ってという、そういうのが漫画の基本的なものだと思うので。実は今回の落書きって、漫画家も読者も漫画の原点に戻るきっかけになったんじゃないかと思うんです」(浦沢さん)
世界に誇る文化という高尚なものではなく、誰もが手軽に読めるようなメディアであり続けなければならない。高橋留美子さんの大ファンで、解剖学者の養老孟司さんも読者代表として、こう言う。
「漫画のいいところは、漫画だと言った瞬間に、みんな『しょせん嘘の世界だ』とわかることです。西洋の町では、立派で大きな建物がふたつあります。教会と劇場です。教会は神様がいるところ、劇場はお芝居をするところ、いずれの場所でも、起こっていることは現実ではありません。“真っ赤な嘘”であることが保証されている装置は非常に大切。
人ってややこしいんですよ。嘘という枠に入らないと、本当のことが言えないんです。人は、その場所にいて初めて、本気で泣いたり笑ったりできるんです。日本の場合は、その場所が漫画なんです」
※女性セブン2013年9月19日号