8月26日、復興途上にある岩手県普代村で、釜石海上保安部がアワビの密漁団を現行犯逮捕した。いま、東日本大震災をきっかけに、暴力団をバックにした“密漁”ビジネスが活発化。巨大なシノギに成長しつつあるという。潜入取材に定評のあるライター・鈴木智彦氏が解説する。
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密漁界において、いま「革命」と呼ばれるほど人気なのが、中華料理の高級食材・ナマコである。
起爆剤は2008年の北京五輪だった。以降、中国大陸で急激に需要が拡大し、高騰。北海道の密漁者はいっせいにナマコ漁へと転換した。赤、青、黒の3種類があって、密漁されるのは主に黒ナマコである。これを乾燥させるとキロ12万円という高額で売れる。
現在、生の黒ナマコの裏相場はキロ4500円程度といい、正規品の流通価格とほぼ変わらない。一般的に密漁品は正規品より安価だが、ナマコだけは例外なのだ。簡単に大量に獲れ、かつ高額な黒ナマコ……以降、密漁の世界は急激にシステム化され、分業が進んだ。
当然ながら、ここでも密漁を牛耳っているのは暴力団で、彼らは巧妙な集金システムを作り上げた。
「獲ったナマコは即日、買い付け専門のネタ屋という業者に引き渡す。高速道路沿いの副道を山に向かって走り、表からは見えないトンネルの中で受け渡しをする。計量の際は水目を引く。ナマコはほとんど水分で、翌日になると目方が減るので、計った重さの8割5分に裏相場の時価、つまり今なら4500円を掛けた金額をキャッシュで支払うわけだ。
暴力団はネタ屋を通じて、密漁団からキロ1000円のカスリ(みかじめ料)を徴収する。ナマコは毎日大量に獲れる。函館には10チームほどの密漁団がいて、1チームあたり1トンは揚がるから合計10トン。いい金になる」(函館近郊の暴力団関係者)
雨で海水が濁らない限り、毎日、約1000万円の日銭が暴力団に転がり込む。おまけに漁業法に違反しても3年以下の懲役、または200万円以下の罰金にしかならない。最高で無期懲役となる覚せい剤事犯と比較すると、極めて安全で儲かるシノギといえる。大きな利権のため、函館ではナマコがらみで、暴力団による拉致事件が起きたり、行方不明者も出ている。
巨額の金が動くため、ナマコの密漁ではこれまでの密漁の常識が通用しない。
「これまでの密漁なら、力仕事なのでチームは全員男だったが、ナマコには女がいる。取り締まりが厳しいから海保や警察の裏を掻いて、ブツ受け渡しの現場に女を行かせるんだ。現実に検問にあっても女だとフリーパスだし、尾行も付かない。それに女のほうが度胸が据わってる」(同前)
取材最終日、市内の老舗料亭でナマコの密漁を行なっているという女性に取材できた。正真正銘、本物の「黒いあまちゃん」は自らの黒い仕事と正反対の美白で、真っ白なブラウスを着ていた。かわいらしい顔だ。23歳だが、高校生といっても通用するだろう。
「(密漁の)仕事は夜やるんで、昼間はずっと寝てます。だからほとんど日焼けしないです。ナマコは浅い海域にいるし、手で拾い上げるだけで獲れる。でもその分、腕のないチームが乱立して迷惑ですね。いきなり仕事に出て潜水病になったり、耳を潰したり。自業自得ですよね。おぼれた仲間を見捨てて逃げたり、海保に電話して助けを求めたりするのもいて、仁義がなさすぎって思う」
ドラマの主人公とは正反対の、任狭精神あふれる毒舌にぶったまげた。
※週刊ポスト2013年9月20・27日号