夏の高校野球甲子園大会では、将来のプロのスター候補投手が連投に次ぐ連投を強いられるのが、一昔前までは当たり前だった。そんな投手がプロに入って活躍できなかった場合、「あの時の連投で肩を酷使していなければ……」と嘆かれることもある。400勝投手の金田正一氏と、小柄ながらPL学園、巨人と活躍し、現在は東京大学の硬式野球部で特別コーチもつとめる桑田真澄氏が、投手にとって多く投げることはよいのか否か、激論を交わした。
──金田氏は通算5526.2投球回数の日本記録を持っているが、その時代は、酷使が祟って引退が早まった選手もいる。
金田:何が酷使だ、ワシの前でいう言葉か。何もわかってないんだよ。桑田よ、一つ聞くが、お前は「投げ込み」については反対か?
桑田:僕は、体が出来上がるまでの成長期には沢山投げてはいけないと思っています。ですが20歳以上や、プロになるなど、体ができてからはある程度投げないとダメだと思っているんです。理由は早い時期に合理的で効率的なフォームを身に着けるため。それを固めれば、ケガをしにくくなるんですよね。
金田:その通り。妙なフォームで投げるから負担になって故障するんだ。単純に何度も投げるからではない。そういう丁寧な説明を補わないから「消耗品」という言葉が一人歩きしてしまう。
桑田:ヒジや肩が壊れるというのは、投げ過ぎよりも良くないフォームで投げるということが原因にあると思います。故障はその警告なんですよね。
──桑田氏は誰のフォームを手本に?
桑田:中学生の時から、たくさんの名投手の写真を集めて研究しましたね。
金田:ワシの写真も入っとるだろうな?(とニラむ)
桑田:もちろんです。左投手では金田さん、鈴木啓示さん、江夏豊さん。僕と同じ右投手も、日本やメジャー、黒人リーグの選手まで集めました。すると、いいピッチャーには絶対の共通点が一つ見つかったんです。どの名投手も、頭を残して先に下半身が前に行く「ステイ・バック」ができているんです。こうすると、上半身に負担がかかりにくいから、どれだけ投げても故障しづらいんです。
でもこれは、足腰が強くないとできない。だから金田さんの「走れ走れ」というのは、実に理にかなっていると思うんです。
金田:そうじゃ、そうじゃ(と頷く)。
桑田:ピッチャーと野手の決定的な違いは、野手が平坦なグラウンドでプレーするのに対して、ピッチャーはマウンドという斜面に立つということ。傾斜地で頭を残して下半身を前に持っていくため、野手よりも足腰の力が必要になるんです。
金田:獣がケンカする時には、沈む体勢をとって構えるだろう。あれと同じだ。
桑田:金田さんのいう「沈む」というのを、最近の選手は勘違いして、軸足一本で立つ時にヒザが折れてしまう。これだと下半身だけでなく、上半身も一緒に前に出る。だから負担がかかってケガをする。大事なのは、頭を残して腰が前に行きながら沈むことです。
金田:ワシが現役の頃は、マウンドもすぐに土が掘れて足首まで埋まってしまう最悪な状態だったから、ケガをしないため柔軟な体を作る必要があった。環境の悪さが関節を柔らかく保つ重要性を教えてくれたようなもんだ。股関節の硬いヤツはみんな消えていった。
桑田:必死で投げ抜く中で、そういうことを自力で身に着けてきた先人たちは凄いと思います。
金田:ロッテの監督時代、1人の故障者も出さなかったのは、下半身強化の練習をやらせたから。だが、今の選手にあの練習をやらせると、すぐにぶっ倒れてしまうだろうな。
※週刊ポスト2013年9月20・27日号