今年の終戦記念日は、安倍晋三首相は靖国神社の参拝を見送ったが、閣僚3人が予定通りに参拝を行ったことで、やはり中国や韓国から反発の声が上がった。改めて靖国参拝の意味について、作家の落合信彦氏が解説する。
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8月15日は今年も非常に騒々しい一日だった。靖國神社の周辺ではデモ行進や署名活動が繰り広げられた。日の丸を掲げる集団から天皇制廃止を叫ぶ者までその主張は様々だが、こうした光景を目にするとつくづく日本人はまだ子供だと思ってしまう。
終戦記念日の直前まで、私はアメリカの東海岸を訪れていた。目的の一つは、ワシントンDCから川を渡ってすぐの場所に位置するアーリントン国立墓地を訪ねることだった。アーリントンには戦死した兵士、無名戦死者、政府高官など約6万人が埋葬されている。
アーリントンは、幕末から第二次世界大戦に至るまでの戦没者の霊を祀った日本の靖國神社と比較して語られることがある。首相の安倍は以前、
「日本人が靖國神社に参拝することと、アメリカ人がアーリントン墓地に行くことは同じだ」
と発言したことがあった。しかし、今回久しぶりに現地を訪れて改めてわかったが、アーリントンと靖國はまったく違う。
アーリントンを含めたアメリカの国立墓地には、戦没者や一定の軍務を果たした退役軍人、政府機関の幹部が埋葬される権利を持つ。ただし、そこに埋葬されることを選ぶかどうかは個人の自由だ。本人の生前の意思や遺された家族の希望が尊重される。
軍の最高司令官であるアメリカ合衆国大統領は当然、埋葬される権利を持つが、歴代大統領で実際にアーリントンに墓石があるのはジョン・F・ケネディを含めて2人だけだ。
埋葬されるかどうかも、参拝するかどうかも、個人の自由が最大限に尊重される。それに比べると、戦没者の霊がすべて祀られているという靖國神社の在り方はどうにも窮屈に感じられる。
しかも、戦没者であれば全員が祀られるというが、明治維新の立役者である西郷隆盛の霊は祀られていない。西南戦争で政府に叛旗を翻し、反乱軍として敗れたからだとされている。
アーリントンにはアメリカ史上最大の戦死者を出した内戦である南北戦争で敗れた南軍の兵士の遺骨も埋葬されている。南軍の兵士であろうが北軍の兵士であろうが、現在のアメリカに至る過程で生まれた尊い犠牲であることに変わりはないと考えるからだ。
また、靖國には戦争で功績を挙げて生き残り、平和が訪れた後に死んだ者の霊は祀られない。アメリカの国立墓地ではすべての宗教が認められている点も、神社である靖國とまったく違う。
純粋に故人の功績を称え、その死を悼む場所としては、靖國には制約が多すぎるように思えてならない。
ワシントンの街並みを一望できる丘の上にある無名戦士の墓に手を合わせた後、私はなんともすがすがしい気持ちになった。それはアーリントンが非常にクリーンでオープンであり、そして静かな場所だからだろう。
※SAPIO2013年10月号