近年、本社機能を移転する大企業が増えている。みずほ信託銀行の不動産部門のシンクタンクである都市未来総合研究所の調べによると、2007年時点で東京23区に本社を置いていた企業1520社のうち、3分の1にあたる500社が2012年までの5年間に拠点を移した。
今後、移転を予定している企業も数多い。以下、その代表例だ。
●京成電鉄(2013年9月/東京・墨田区→千葉県市川市)
●ソフトバンク・テクノロジー(2014年2月/東京・新宿区西五軒町→新宿区の東新宿エリア)
●富士重工業(2014年10月/東京・新宿区→渋谷区恵比寿)
●楽天(2015年6月/東京・品川区→東京・世田谷区の二子玉川)
従業員数やグループ会社の規模が大きな上場企業となれば、“引っ越し”も容易ではないはず。では、なぜ移転するのか。
「2008年のリーマン・ショック後は業績悪化に伴うコスト削減目的の移転が急増し、東日本大震災後は本社ビルの老朽化などから安全面や防災面を重視して移転するケースが目立ちました。そして、最近では業績回復による拡張移転が増えてきました」(都市未来総合研究所・主任研究員の湯目健一郎氏)
今年5月に渋谷区や中央区に分散していた本社の各部署を統合し、中野区にあるオフィスビルのワンフロアに集約させたキリンホールディングスも、当初は「都落ち」などと揶揄されたが、業務の効率化を高めた拡張移転ともいえる。その証拠に、サッカーコートが入るほどの巨大なフロア(5000平方メートル)で働く社員の士気は、確実に高まっているという。
「10以上もの拠点に分かれていた14のグループ会社社員が一堂に会することで、『ひとつのKIRIN』として各社の多様性を掛け合わせた新たな企業文化をつくるきっかけとなりました。各社の機能組織をまとめたデスクのレイアウトも可能になりました」(キリン広報担当者)
無駄な空間を減らしたメガフロアへの集約は、本社移転のトレンドになりつつある。前出のソフトバンク・テクノロジーや、2014年5月に神奈川県横浜市のMM21(みなとみらい)に本社機能を移すエバラ食品工業など、いずれもビルのワンフロアでグループ会社の連携強化や取引先の利便性向上などを図る。
もちろん、築年数もたった本社ビルから最新鋭の設備が揃った巨大フロアに賃貸で入居することにより、コスト削減効果も絶大。風通しのよい空間にいながら、「省スペース化だけでなく、省エネや省電力化もできる」(前出・湯目氏)というわけだ。
だが、そんなスマートオフィスへの移転にもデメリットはある。
・自社ビルからテナントビルへの移転により、設備メンテナンスが思い通りにいかなくなった(IT・43歳)
・パーテーションで区切られた打ち合わせスペースから声が漏れてうるさい(IT・29歳)
・ワンフロアの従業員数に対してトイレが少ない(流通・27歳)
・これまでデスクまで持ってきてくれた荷物の受け渡しが面倒になった(サービス・30歳)
また、本社ビルを捨ててコンパクト化する動きを嘆く声もある。経済ジャーナリストの福田俊之氏が語る。
「いまはネット上で商談もできてしまうので、本社の所在地がどこか、自社ビルか賃貸かで企業を評価する時代ではありません。でも、セキュリティーの厳しいオフィスタワーの一画に移ってアポイントにも時間がかかるとなると、取引先もかえって不便でしょう。なによりも、企業城下町の文化が薄れてしまうのは残念ですね」
2020年の五輪開催が決まったことで、東京の再開発とともに都心部のオフィスビル賃料も上昇する可能性は高い。大企業の本社移転がさらに加速すれば、東京の街並みや経済動向が一変するかもしれない。