実績十分の脚本家による意欲作。時代のトレンドを意識した構成にも抜かりない。だが、女心は必ずしもそれだけでは満たされないものらしい。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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「官能的、じゃなくて、あれは単なるエロよ」
NHK「ドラマ10」の枠でスタートした『ガラスの家』(9月3日~火曜午後10時)。『セカンドバージン』で現代女性の新しい生き方を力強く書き上げ話題を巻き起こした大石静が、さらに美しく逞しい女性像をオリジナルで描く--そんな宣伝文句が躍る、注目のドラマです。
対する視聴者の感想を聞いて、思わずうなずいてしまいました。なぜって、カメラワークに冒頭から「ギョッ」とさせられたから。
井川遙演じる主人公・黎。カメラは、彼女のうなじや太ももを舐めるように移動していく。胸の谷間、口もと、足首。一度や二度ではない。偶然ではない。女の体を強調するそのカメラワークは、斉藤工演じる仁志の視線として描かれています。
制作側はきっと「狙っている」のでしょう。こんな風に、「エロい」と話題になることを。
でも、「ドラマ10」の固定客である女性視聴者にとってはどうなのか。「単なるエロよ」と言い放った視聴者の感想の中に、「視聴者を舐めてもらっては困る」という批評性を感じてしまいました。
『ガラスの家』のストーリーは「禁断の恋」。主人公・玉木黎の結婚相手は年上の財務省のエリート官僚。再婚の彼には、息子が二人。男ばかりの家族に突然現れた若き母・黎に、息子の仁志は急速に惹かれていく。それに気付いた父は息子に嫉妬を覚え、家庭内では波風が立ち始めて……。たしかにスリルが潜んでいそう。
NHKの「ドラマ10」という枠は、個性的です。「30代、40代の女性層にターゲットを絞った」とNHKも明言しているように、『八日目の蝉』『はつ恋』『セカンドバージン』『シングルマザーズ』など、女性たちの心に切実に訴えかける秀作を次々に生んできました。
必死に子育てをし、仕事や家事に取り組んできた女たちが、これからどのように自分らしく生きていけばいいのか。そんな真剣な問いかけに答えようとする迫力ある作品が多かった。
不倫、DV、赤ちゃん誘拐、といった際どいテーマを扱ってきたけれど、浮き足立つことなく人間の心の揺れや複雑さを丁寧に細やかに描いてきた。だから、主人公に自分自身を重ねて観る女性視聴者が多かったのです。
では、今回の『ガラスの家』は?
女目線の描写よりもオヤジ目線、男目線が目立ち、井川遥を見て発情するオトコたちの視線が強調されているとすれば。女の体を舐めるねっとりしたカメラワークによって、女性視聴者の感情移入が邪魔されるとすれば。
女性たちの代弁者という「ドラマ10」の役割が、破綻してしまわないでしょうか?
おそらく制作側としては、若くてハンサムな息子(斉藤工)に惚れられる年上の母(井川遥)という設定によって、女性視聴者に気持ちよくなっていただくと同時に、井川さんにべっとりまとわりつくカメラワークで男性視聴者の人気もいただこう、という贅沢な目論見なのかもしれません。
が、ウケ狙いもやりすぎると、両刃の剣になります。女性視聴者は「官能的」なドラマを望んでも、「単なるエロ」は望んでいない……?
「魅力的な井川遥さんを眼前にしてしまっては、男たちは身の破滅を予感しつつも、全く抗う術など無いのかもしれないが……」(番組ホームページ)という演出家の言葉があまりに意味深です。
「ドラマ10」の固定客だった女性視聴者たちが、これからも『ガラスの家』についていくのか、見続けていくのかどうか。二兎を追ったこのドラマが、今後どんな反響を得るのか。興味深いものがあります。
冒頭の感想を語ってくれた「ドラマ10」固定客のその女性は、こうも言いました。
「私が観たいのは、胸がときめくドラマなの」