日本を代表する接着剤メーカーのセメダインは、創業以来、「何でもよくつく」をテーマに、数々のモノとモノを接着させてきた。
そんな同社をしても、現時点で達成できていない素材が、ポリエステル同士の接着だという。社歴45年目のベテラン・“接着剤博士”の異名を取る木村修司氏はこう語る。
「ポリエチレンの表面に塗装下地剤のプライマーを塗ったり、コロナ放電、プラズマ放電などという表面加工をしてから接着する方法はありますが、1液タイプの接着剤を使う方法は開発途上です。もし、この接着剤が現実のものになると、ノーベル賞は大袈裟だとしても、コストや工程の面で産業界全体に大きく貢献することができるはずです」
他にも家電製品によく使用されるポリプロピレン、シリコン系のゴム樹脂、それにテフロンに代表されるフッ素樹脂、ポリエセタール樹脂などが同じ素材同士でくっつかない、くっつきにくい例として有名だ。
木村氏は、「これらの素材の接着を実現させるのが急務の課題」と力説した──その日がくれば、製造や建築現場で接着剤がネジ、リベット、釘、溶接などにとって代わることもできる。
一方、動植物から未来の接着剤を模索する動きもある。
「蔓(つる)科の植物やフジツボは、今までにまったくなかった接着剤のヒントになってくれそうです」
例えば、キヅタという植物は、茎から無数の付着根を出し、高木や岩、石垣、壁などを這い登っていく。
「この根の接着力は実に強力で、無理に剥がしても、根はしっかりと残っています」
キヅタの根からは、ナノ粒子の化学物質が分泌されている。その成分の分析・研究が進めば、新しいタイプの接着剤を生むきっかけになるかもしれない。
海辺や船底に付着するフジツボの接着力も頑強そのもの。しかも、接着剤の多くが苦手とする水中で力を発揮している。
「水に強い接着剤が完成したら、水にかかわる様々な産業や研究、開発が大いにはかどります」
さらに木村氏は、究極の接着剤についても語ってくれた。
「しっかりとくっつきながらも、剥がしたくなったら簡単に取り外すことのできる接着剤の完成を、この業界にいる誰もが夢見ているはずです」
なるほど、強固な接着剤ほど剥がすのは困難なのは当然の話だ。ゴルフクラブも、修理やシャフトの交換といったオーダーに対応するため、数百度という高温状態にしてヘッドを外している。強力な接着剤ほど、家庭で剥がすのは不可能に近くなってくる。
「剥がす際に材料が破損したり、接着面が汚くなる問題も解消しなければいけません」
かといってセロハンテープに代表される粘着剤では、剥がすことができても肝心の接着力で見劣りがする。剥がした後にベタベタ、ネバネバとした粘着剤が残ってしまう点もマイナスだ。
「そういった事々を総合的に考慮してみると、一定の温度や電気処理といった刺激だけに反応して、材料を破損せず、接着面を美しい状態のままで剥離できる接着剤の開発が現実的だと思います」
着脱可能な接着剤が実現したら、パソコンや自動車、ケータイなどの部品や材料を損なうことなく取り外すことができる。資源の再利用やリサイクルという観点からのメリットも大きい。
「この夢の接着剤にも、やはり自然界に見習うべき先駆者がいます」
それがヤモリだ。ヤモリがツルツルした壁や天井でも平気で静止したり、自在に動き回れることは広く知られている。
「ヤモリの指先には人間の髪よりずっと細い毛が1平方cmあたり約20億本も生えています。細かな毛が、壁や天井の微細な凹凸をぴったりと埋めくっついているのですが、これをなんとか応用できないか模索中です」
木村氏は締めくくった。
「最終的には、『くっつけ』と命令したらすぐに接着し、『剥がれろ』のひと声できれいに外れる製品を作りたい。私たちはいつの日か、そんな接着剤を商品化しようと真剣に考えています」
いつの日か、アイデアが現実と接着されることを期待したい。
※週刊ポスト2013年9月13日号