時代劇映画の二枚目スターのイメージが強かった俳優の林与一だが、今では映画やドラマに限らず様々な演劇の舞台にも途切れなく登場し、幅広い活動を長く続けている。かつては好き嫌いで仕事を断ったこともあったという林の言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏が綴る。
* * *
林与一は時代劇を中心にテレビドラマや映画に出演する一方、舞台では明治・大正の文芸作品を原作にした新派の劇にも出演している。その多くは、初代・水谷八重子をはじめとする主演女優たちの相手役だった。助演として女優を引き立てる一方で自らも二枚目として立たなければならない役回りだが、林はこのバランスがいつも絶妙だ。
「山田五十鈴さん、森光子さん、山本富士子さん、佐久間良子さん……、あらゆる方の相手役をさせていただきました。『与一ちゃんとやると、楽だね』と言われることが、僕の勲章です。
長谷川一夫の側にいた時、『舞台ではこうやったら相手がよく見える』『こうやったら相手がやりやすい』ということはよく教わっていました」
初舞台から今まで60年近くに亘り、林はほとんど役者としての仕事が途切れることはない。また、その仕事ぶりはテレビドラマ、映画、新派舞台、大衆演劇と多岐に及んでいる。こうした息の長く幅広い活動もまた、師である長谷川一夫からの影響が大きかった。
「40歳くらいまでは生意気で、『こんなものはやりたくない』とよく断っていました。そんな時、長谷川が聞いてきたんです。
『お前ね、ここに百万円が落ちていたら拾うか?』と。当然『拾います』と答えたら『今断った仕事も、それと同じなんだ』と言うんですよ。『林与一を使いたい、と言ってきたということは、このお金をあなたにあげたいと言っているんだから、なぜそれをもらわずに突き返すんだ』って。それでも若い頃は、なかなかできませんでしたが……。
長くやっていく上で必要なのは、下地と引き出しです。長谷川にはよく、『世間に出たらもう勉強できないから、今から勉強しておけ。休みがあっても、家でぼうっとするな。次に何が来ても怖くないように勉強しておけ』と言われました。どんな仕事が来ても『はい、できます』と答えられる下準備が出来るのは、仕事がない時だけなんです。
今は不況で多くの役者さんが遊んでいる。そういう時には文句を言ってないで、今のうちに引き出しにいろんなものを詰めておくべきですよ。それの出来た人が再起できています」
※林与一氏は、10月6日に「芝本流踊りの会」(大阪・吹田市文化会館メイシアター)に出演・監修。11月4日~12月1日は北島三郎特別公演(福岡・博多座)に出演。
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)ほか。
※週刊ポスト2013年9月20・27日号