アワビ、ウニ、カニといった高級海産物の“密漁”が、暴力団の巨大シノギとなっている──。「食の合法性」を問題視してこなかったこの国の現実を、フリーライターの鈴木智彦氏が鋭く突きつける。
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雨は昼過ぎに止んだ。風はない。凪だ。漁港の堤防から海をチェックしていたら、暴力団幹部から連絡が入った。
「海の濁りはちょっと残ってるけど、今日は仕事すると思うよ。出かけてみたらいい」
ホテルに戻り、海沿いの釣具店で買っておいた竿とリールを車に積み、ガラガラの国道を走って函館を抜けた。待ち合わせ場所のパーキングには午後6時に着いた。一番奥に2台のハイエースとオデッセイ、eKワゴンが駐まっている。
「密漁団は一目で分かります。独特の匂いがするんです。具体的に口では説明しにくいけど、意識して見てたら素人でも分かる。あたりの様子をずっと気にしてますから」(海上保安庁関係者)
密漁団に言わせれば、反対に「カップルを気取って内偵に来ても海保は一発で分かる」らしいが、確かにどうみても長距離ドライブの休憩とは空気が違う。総勢9人、男ばかりだ。それぞれの車の運転手は、厳つい暴力団風というより、爽やかなスポーツマンタイプだった。それでも独特の匂いは漂ってくる。
このチームの取材にこだわったのには理由がある。彼らは唯一無二、全国でもおそらくたったひとつしかない密漁団なのだ。いや、正確にいえば密漁団とは違う。発電所の海には漁業権が設定されていないからだ。彼らは北海道にある火力発電所の近海を、密漁のナワバリとする、特殊な“黒いあまちゃん”なのだ。
電力会社は発電所の建設と同時に、近隣の漁師に保証金を支払い、かわりに漁師は漁業権を放棄する。漁業権が宙に浮いた状態のため、発電所近くの海では、その他の漁業関連法案を厳守している限り、誰がなにを獲っても密漁にならない。
後日、リーダーが電話取材に応じてくれた。
「もう何年もやってるけど、一度もパクられたことないですね。海保だろうと警察だろうと、通報がいっても法的根拠がないからね。逮捕できないんだよ。北電(北海道電力)からの通報もあるらしいが、深夜まで密漁の監視はしてないから漁はできる。
発電所の排熱で海が温かいから、餌のプランクトンがたくさんいるんだろう。誰にも荒らされてないから、でかいのがごっちゃりいる。警備が厳しい原発の海なんて、ウニが重なり黒いカタマリになっている。
それに本音を言えば、排水口を塞いでしまう海産物は発電所にとってきっと迷惑だもん。内心、無料で掃除をしてくれてありがたいと感謝してるかもしれねぇ」
真偽不明の理屈には無茶があるが、法律の盲点を突いた手口……漁業関係者にとって、彼らの存在自体がタブーらしい。
「発電所の周辺海域で、魚や貝などを獲っている者はいる。しかし、漁業権が設定されている海域内で放流された魚や貝がそのエリアに泳いでいくこともある。漁業者としてとても腹立たしい限りです。
しかし、このことで規制をかけてもらいたいと叫んでも、何とかなるものではないと思います。この問題……本当に悩ましい問題で、(密漁の)パトロールをするとか、啓蒙活動には地道に取り組んでるんですが、どう頑張っても取り締まれない。
この問題が報道によって大きく取り上げられて表に出ると、行為を助長することに繋がりかねないので、心配しております。『獲っていいんだろ。違法じゃないんだろ』と主張され、発電所の海域にどんどん入って来られると……。心配しています」(北海道漁業協同組合連合会)
※週刊ポスト2013年10月4日号