高級食材としておなじみのクロマグロが、いま長年の乱獲によって絶滅の危機にある。世界的な漁獲規制は年々厳しくなり、今年、日本でも水産庁が漁獲規制の強化を表明した。いよいよ“食べられなくなる危機”が迫る中、光明となっているのが、近畿大学の養殖マグロだ。11年前に世界で初めて完全養殖に成功し、既に事業化が軌道に乗っている。
開店前からずらりと並ぶヒトヒトヒト──。数十人が列をなすこの店のウリは、「大卒マグロ」が味わえること。JR大阪駅前のグランフロント大阪にある「近畿大学水産研究所」は、今年4月のオープン以来、連日長蛇の列で、予約は1か月以上先まで埋まっている。お客の目当ては、世界で初めて完全養殖に成功したクロマグロだ。
この「近大マグロ」を手がけるのが本州最南端の町・和歌山県串本町にある近大の水産研究所大島実験場である。大島港から船で5分ほど揺られると、国道42号沿いに直径30mの生け簀がいくつも目に入ってくる。そのうちのひとつで、出荷用のマグロの取り上げ作業が行なわれていた。
クロマグロは、本マグロとしておなじみだが、マグロ全体のわずか2%弱しか獲れず「海のダイヤ」と称される。現在流通している養殖マグロのほとんどは、天然の幼魚を捕獲して育てる「畜養」物だ。近大は、卵から孵化して育てる完全養殖を2002年に実現させた。養殖を担う岡田貴彦事業場長は「あれから10年余り過ぎたが、まだ安心できる時はない」という。
「孵化から出荷までの生存率はまだ1~2%。近大生まれの稚魚は年間8万匹だが、これを年間消費量の半分の20万匹まで高めたい」(岡田氏)
近大が完全養殖の研究に着手したのは1970年。マグロの稚魚は人間の手 に触れただけでも死んでしまうほどデリケートなため、全滅状態が続いた。1979年に養殖クロマグロの自然産卵に成功したが、これも全滅。その後11年間、産卵すらままならない時期もあった。
ようやく産卵した1994年以降も問題は山積。食欲旺盛な稚魚が共食いをしたり、車のヘッドライトが海面を照らすだけでパニックに陥り、生け簀の網に衝突して全滅するような事態が相次いだ。
共食いを避けるために、6000匹もの稚魚を大きさ別に分けるという気の遠くなるような作業をした。衝突死を減らすために、生け簀の形を円形に変えた。問題が起きるたびに、このような試行錯誤を重ねて苦節32年。完全養殖に成功したが、当初、成魚までの生存率は0.1%にも満たなかった。
現在、近大では、養殖魚を三越や阪急などの百貨店に販売するだけでなく、商社と組んで幼魚を養殖業者に販売する会社を設立し、「マグロビジネス」に本腰を入れている。
一方で、さらなる研究も進められている。マグロのDNA解析を進め、より生存力の強い個体を選んで育てる「選抜育種」に力を入れている。「生存率を高めるだけでなく、将来的には消費者の要望に応じて赤身が多いものやトロが多いものといった作り分けができるようにしたい」(大島実験場長の澤田好史教授)という。
クロマグロの漁獲規制は年々強まっており、この年末にも太平洋のクロマグロ幼魚の漁獲量15%削減が正式決定する。貴重な水産資源を保全しながら安定供給を図る切り札として、「大学マグロ」はますます期待されている。
撮影■藤岡雅樹
※週刊ポスト2013年10月4日号