「女房がどこかで買ってきた」というTシャツから、タイツ、スニーカー、肩にかけたバッグ、さらに髪まで、ピンク、黄、紫、緑で淡くやさしく彩られた装いで、約束の場所に登場した、直木賞作家の志茂田景樹さん(73才)。
「今の時代の特徴をひと言で言ったら、閉塞感でしょう。どっちを向いても壁がある。希望を持ちにくくなっていますよね。
今の日本はどうにか食べることはできるし、生活自体はなんとかできています。でも40代くらいの人にとって、将来リタイアしたときに悠々自適の暮らしができるかというと、その保証はありません。だから近未来の展望が持てず、自分も見えない。従って前向きになることもできないんじゃないでしょうか」(志茂田さん・以下「」内同)
やさしい口調で“今”という時代を語る彼は、将来へのあきらめムードが漂い、希望を持つことを忘れている、と指摘する。
「電車に乗っていて、実際によく見かける光景があるんですが、中年の男性が突然電車を降りて、ホームでハアハアと荒い息を吐いている。一種のパニック症候群だと思うんですが、これも閉塞感がもたらす近年の傾向でしょう」
家族の健康を預かる主婦としては、通勤途中で夫や子供が、そんな発作を起こしているかもしれないと思うと、いたたまれない。だがそれが、40~50代の置かれた状況なのかもしれない。
この度書き下ろした『人生は、もっと簡単にうまくいく カゲーキフの61の教え』(宝島社)は、「人生が元気になる小説」。26才にして人生に行き詰まり、悩んでいる主人公は、謎の老人・カゲーキフと出会う。この老人は、主人公にしか見えない。老人は61のヒントを与え、このヒントが大きな文字の見出しとなって目に飛び込むという読みやすい仕掛け。小説というより、問題解決に導いていくというビジネス書のような構成だ。
<失敗はただの局地戦ぜよ 部分が炎症しただけやから それで自分を失ったらあかん>
<その人の人間性をすべて受け入れる 人を信じるとはそういうことや 中途半端は何も生まんぜよ>
こんな言葉が彩る本書。「人間、社会で生きる限り、誰しも悩みはあるのですが、なんとか気持ちを切り替えてほしい」という思いで執筆にかかったという。
老人の金言を拾い読みしていくうちに、最初からきちんと読んでいこうと、考えが変わる。なぜかといえば、本書の中で主人公である悩める青年に教えを説くカゲーキフの語る人生が、著者の半生に重なるからだ。
本書の物語が進む中で、カゲーキフは、学生時代に今でいう“うつ”になり、大学を出たものの、納得いく就職先に出合えず、20以上もの職を転々とする。そんな20~30代を経て、作家を志してから7年目で新人賞を受賞。直木賞を受賞したのは40才のときという経歴が明らかになる。それは著者の経歴そのものだ。
やがて、売れっ子作家になった彼は、過激なファッションでも注目を集めるが、その転機は、たまたまニューヨーク帰りの女性が、カラフルなタイツをおみやげにくれたことからだった。
「これは女がはくもんじゃん、男がはいてどないするのよ」と無視しかけるが、それを身に着けて派手なTシャツを着ると、心が解放された。ところが、街へ出ると、侮蔑と罵声の嵐だった。
でも、そのファッションを貫き、<わしのファッションは 流されない生き方そのもの まわりに誇れるもんやなくてな 心が着てるからつらぬける>と本書で明かす。
著者は、もうひとつのライフワークともいうべき、子供たちへの本の読み聞かせを1998年から行っているが、その経験が著書の子育ての話などでも生きている。
「もともとは、全国各地の書店へサイン会に行ったことがきっかけです。サイン会をやっていると、野次馬が集まってきますが、その中には子供もたくさんいる。そこで読み聞かせを思いついたんです。
もっとさかのぼれば、ぼく自身が母親に絵本を読んでもらった、そのときの心地よい記憶からです。1才くらいから読んでもらっていたんだけど、3才くらいからは記憶にありますね。『親指トム』や『一寸法師』…。アンデルセンの『赤い靴』は、足を切断するところが怖くてたまらないのに、“また読んで”と母にせがんでいました」
※女性セブン2013年10月3日号