巨万の富を生み出すゆるキャラたち。このゆるキャラブームに乗ろうと、あらゆる自治体がキャラを売り込み、毎週のようにイベントも開かれる。しかし、くまモン(熊本県)やひこにゃん(滋賀県彦根市)のような成功者はごく一部。圧倒的多数の無名キャラたちは、ブームの影に埋もれていた。
8月末の日曜日、家族連れで混み合う東京タワーでは、岡山市、松山市、下関市など瀬戸内に面した8都市が各地の魅力を伝える「瀬戸内フェア」というPRイベントが開かれた。
目玉は、各都市の“ゆるキャラ”が一堂に集う「じゃんけん大会」。会場であるタワー下の駐車場は、彼らの登場を今か今かと待ち構える子供たちで溢れかえっていた。
定刻になると、パンダらしきキャラを先頭にぞろぞろと列をなして登場。二頭身の女の子や戦国武将など、様々なモチーフの“ゆるキャラ”のなか、明らかに違ったオーラを醸し出してノソノソと歩く者がいた。
「ゲゲゲの鬼太郎」の“ぬりかべ”の左半分を赤、右半分をグレーで塗ったような風貌で、頭はツノのように盛り上がっているが、左右非対称で右側だけがやたらデカい。そして、目玉はついているが口も鼻もない。8体の中でダントツに“ゆるいデザイン”なのだが、何をモチーフにしているのか見当もつかない。
付けられた名札をみると、「呉市 てつぞー」とある。ってことは、鉄板とか鉄道? あれこれと思いをめぐらせるが、謎は深まるばかり。それは子供たちも同じようで、女の子キャラやパンダには無邪気に駆け寄り、握手や記念写真を求めているが、「てつぞー」は遠巻きに見つめるのみ。やがて、他のキャラたちとの撮影が終わった子供たちがかけ寄ってくるが、母親に「これ、なあに?」と訊ねるなど困惑の表情を浮かべている。
そんな子供たちの厳しい反応を呉市産業部観光振興課に伝えると、担当者が苦しい胸の内を明かしてくれた。
「一番苦労するのは、彼が何者なのかということがほとんど伝わらないということです。実は『てつぞー』は船を縦にした姿をモチーフにしています。呉は戦艦大和が生まれた旧軍港都市であり、現在も造船業が盛んな都市として有名ですから。そういう説明をすると、“あぁ”と納得してくれるのですが、やはりあのビジュアルですから子供たちの反応は微妙ですね」
たしかによく見ると、頭の部分にイカリのマークがあるが……正直なんともわかりづらい。そんなビミョーさゆえだろうか、「ゆるキャラグランプリ2012」でも全865体のなかで、532位という中途半端なポジションにいる。
とはいえ、2010年4月にデビューを果たしてからすでに3年以上も活動している。東京や全国区では苦戦しても、地元人気はそこそこに定着してきているのではと訊ねると、担当者は言葉を濁す。
「まあ、まずまずですね。ひとりで登場する時はまだいいのですが、人気者と出るとどうしても……。広島県内のイベントでも、『十六茶』のCMに出ている『ローラちゃん』(福山市)や『ふでりん』(熊野町)といったかわいいキャラが一緒だと子供たちは間違いなくそちらへ流れる。夏などは暑くて脱水症状になりかけているのに、ひとりでぽつんといると、正直かなり悲しいものがあります」
■文/窪田順生(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2013年10月4日号