来年1月から、最高税率の引き上げが実施されるのに伴い、金持ちの海外逃避が話題になっている。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める大前研一氏は、こうした現状を踏まえ、アジアの金持ちを呼び込むことの必要性を指摘。氏が考える抜本的な税制改革案とは?
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日本では所得税が2015年1月から最高税率が現行の40%から45%に引き上げられる。住民税10%を合わせると所得税の最高税率は55%に達する。与党が人気取りのために富裕層への懲罰的な課税強化を重ねているわけで、それに嫌気のさした金持ちが海外に逃避するのは当然だろう。
しかも日本の場合は庶民の暮らしも、復興特別税や社会保険料の段階的な引き上げ、地球温暖化対策税の導入、電気料金をはじめとする公共料金の値上げ、円安による食料品やガソリンの値上げなどによって、ますます苦しくなる一方だ。加えて、自動車取得税の廃止に伴う代替財源として軽自動車税を増税するという議論まで浮上している。
そうした「取りやすいところから取る」節操のない政策に対する批判をかわそうとしてか、安倍晋三政権は消費税増税の是非や影響について有識者60人から意見を聴く「集中点検会合」を8月末に行なった。結果は「議論百出」だったが、立場や考え方の異なる人たちにヒアリングをすれば、そうなるのは当たり前だ。
もはや消費税は国債暴落を避けるために増税せざるを得ないのに、そんなことさえ安倍首相が自分で決断できないというのは信じられない。そもそも消費税増税は自公民3党合意により法律で決めたことだから、それを翻すのはおかしな話で、議論の余地はないのである。
安倍政権は世界の潮流変化を何もわかっていない。日本は国と地方を合わせた借金がGDP(国内総生産)の2倍に達している現状を一刻も早く是正しなければならないが、いくら消費税を上げたところで焼け石に水である。今や政府は小手先の微調整で国民から姑息にカネを巻き上げることをやめ、根本的に考え方と制度を変えるしかないのだ。
そのためには、かねてから私が提案している税制の抜本改革が必要だ。現行の税をすべて撤廃し、「資産税」と「付加価値税(※注)」の二つだけにする。資産税は金融資産と不動産資産の時価に1%の税率で課税するもので、おそらく35兆円くらいの税収になる。
その場合、相続税を撤廃しても、相続した人が同じだけ資産税を払い続けるから、相続に関しては中立となる。税金が払えなければ資産を手放せばよいだけの話だ。付加価値税(税率8%とすれば40兆円の税収)の導入により所得税や法人税もなくせるので、個人も企業も税金のことを考えずに投資も消費も自由にできる。
日本がこの税制にシフトしたら、おそらく中国や香港、台湾、シンガポールなどの金持ちが、続々と日本に移住してくるだろう。アジアには1000億円以上の資産を持っている大金持ちが山ほどいる。その人たちが日本を“終の棲家”にすれば、不動産などに莫大な資産を移す。
これは海外から日本にカネが入ってくる純投資、すなわち「真水」である。しかも、資産1000億円なら毎年10億円、100億円でも毎年1億円の税収が入ってくるのだ。さらに、日々の消費生活でも大いにカネを使ってくれれば、付加価値税が潤うことになる。
むやみに金持ちを虐め、増税や公共料金の値上げに苦しむサラリーマンのなけなしの給料から広く薄く吸い上げるより、金持ちに気持ちよくカネを使ってもらって世界から“真水のカネ”を集めるほうが、間違いなくクレバーな政策だ。消費税増税で無意味な意見聴取をしている暇があったら、資産税導入をはじめとする根本的な税制改革を打ち出して議論を喚起すべきなのであり、そういう決断のできる政治家を私は待望する。
【※注】付加価値税/経済活動に伴って発生する付加価値(富の創出)に対し、すべての段階で一律に課税する税金。
※週刊ポスト2013年10月4日号