新聞・テレビは参院選での自民党大勝で国会のねじれが解消し、これから「決められる政治」が始まると歓迎した。しかし野党壊滅でもたらされたのは、巨大公共事業の利権を求めて暴走する自民党の姿だ。“昔陸軍、今自民党”というべき国民無視の危うい政治の暴走が始まっている。ジャーナリスト・武冨薫氏がレポートする。
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この夏から秋にかけて、自民党の各派閥は野党時代に休止していた派閥研修会を復活させた。先陣を切った二階派の研修会(8月19日)では、今後10年間で200兆円を投じてインフラ整備を行なうという自民党の「国土強靱化計画」の旗振り役、二階俊博・自民党国土強靱化総合調査会会長が地元・和歌山でこう怪気炎を上げた。
「われわれが日本国中の防災に取り組む責任がある」
まさに“公共事業の配分はオレが仕切る”といわんばかりの宣言だった。他の実力者たちも負けてはいない。
その1週間前に金沢市で開かれた「北陸新幹線建設促進県民会議」では、森喜朗・元首相や甥で自民党整備新幹線等鉄道調査会幹事長の岡田直樹・参院議員が「1年でも早く開業を」と口をそろえて昨年着工したばかりの北陸新幹線金沢─敦賀間の予算増額に向けて気勢をあげた。
自民党は参院選の都道府県連ごとの地方公約で全国に巨大プロジェクトをつくりまくる計画をぶち上げている。
北海道、北陸、九州の整備新幹線(3ルートの総事業費約3兆8808億円)や中央リニア新幹線(約9兆円)をはじめ、愛知県連は知多半島と渥美半島を結ぶ「セントラル大橋」(1兆円以上)、二階氏の地元・和歌山では「紀伊半島一周自動車道」(1968億円)、愛媛県連は四国新幹線(数兆円)、石破茂幹事長の地元・鳥取市と安倍首相の地元・下関市を結ぶ「山陰縦貫超高速鉄道」(約4兆円)の建設構想も浮上している。
参院選が終わって、いよいよ約束手形を落とさなければならない。そこで安倍政権は8月8日の閣議でまず来年度予算の概算要求に3兆6000億円の「新しい日本のための優先課題推進枠」を設定することを決め、各県連や自民党の実力者同士の予算ぶんどり合いのゴングが鳴ったのだ。
自民党の予算獲得合戦の“台風の目”となるのが首相の地元・山口県だ。
実は、同県はこれまで公共事業の予算獲得で出遅れていた。安倍政権はアベノミクスの三本の矢に「機動的な財政出動」を掲げ、今年2月に12兆円の緊急経済対策を組んで道路整備を中心に公共事業費を倍増させた。そして、その恩恵をさらったのは二階氏だった。
今年度予算の都道府県別の国直轄道路の箇所付けを調べると、二階氏の地元・和歌山県が541億円と突出しているのに対し、山口県は5分の1の107億円、石破幹事長の地元・鳥取県の178億円にも遠く及ばない。そこで首相自ら巻き返しに出た。
参院選直後の7月26日、首相の選挙区・下関市で7年ぶりに「関門海峡道路建設促進協議会」の総会が開かれた。現在、関門海峡には関門橋と関門トンネル(道路、鉄道、新幹線の3本)があるが、そこに新たに道路と鉄道が通る「第2の関門海峡大橋」(トンネル計画もある)を建設しようという計画だ。総事業費は2000億円以上(併用橋の場合)と試算されている。
この計画は福田康夫内閣時代の2008年に他の5つの海峡大橋計画とともに凍結されたが、「国交省はすでに工法やルート、工事費、用地買収費を詳細に記した事業計画を策定しており、安倍政権が凍結解除を決めればすぐに事業に着手できる状態になっている」(地元の自民党市議)という。
総会には昨年の知事選にこのプロジェクト再開を掲げて当選した安倍側近で国交省出身の山本繁太郎・山口県知事ら地元首長がこぞって出席し、関門海峡両岸の財界で組織する同協議会の新会長には麻生太郎・副総理兼財務相の実弟の麻生泰・九州経済連合会会長が就任した。
麻生氏の地元・福岡県は巨大プロジェクト「国際リニアコライダー」の国内候補地選定で東北(岩手)に敗れたばかりだが、抜け目なく安倍首相の地元と組んで第二関門道路を実現させようと狙いを切り替えた。
※SAPIO2013年10月号