同時期に公開された映画『凶悪』と『そして父になる』。その両作に出演するリリー・フランキー(49才)が、『凶悪』では金のために人を殺す悪人、『そして父になる』では小さな電気店を営む、人間味ある“いいお父さん”を演じ、“善人か悪人かわからなくなる”とその演技の振り幅が話題を呼んでいる。
ネット上では、こんな声が出ている。
「『凶悪』の後に『そして父になる』を観たら、リリーさんが怖くてそれどころじゃなかった」
「極悪非道なリリーさんの演技を観た直後、もうひとりのリリーさんにすぐ癒してもらうという驚異の振り幅を体感した」
「どっちのリリーさんを信じたらいいのか…」
対照的な役どころを演じきるリリーに、見るほうも“混乱”しているという状況なのだ。映画解説者の中井圭さんがこう解説する。
「『凶悪』でのリリーさんには、善なる部分が一切感じられません。リリーさんは表面的には優しい雰囲気があるため、余計に悪の部分が際立つのです。その姿には狂気さえ感じます。『そして父になる』では、完全に真逆で、“金は無いけれど明るいわが家のお父さん”という役柄の人間っぽさを表現する微細な演技が光っています」
一方で、「リリーさんの場合、悪役だからといって他の役と違いはない。これまでやってきた普通のいい人の役と同じように演技している。だから怖さが増すんです」と、リリー初の悪役について語るのは、映画評論家の町山智浩さん。
リリーが演じるのは、実在する殺人事件の首謀者“先生”。罪悪感が全く無く、他人への共感性が欠如しているサイコパス(人格異常者)だ。
「人を殺すことが特別じゃない、精神構造が完全に違う人間の役なので、特別な演技は必要ない。逆にいわゆる訓練された俳優さんが演じると、ただの犯罪者、“人を殺した特殊な人”になってしまう。リリーさんはすごく肩の力が抜けていて、殺す前と後と全く変わらない。その姿が表現できていると思います」(町山さん)
つまり、善人と悪人、どちらを演じる際も、リリーの“普通の人っぽさ”がその役のキャラクターを引き出しているということだ。『そして父になる』の是枝裕和監督が起用した理由も、まさにそれだった。「善人か悪人かわからないところがいい。カメラの前で何もしないことの凄さをすごく理解している」とリリーを評価している。
前出の中井さんも、もともと役者ではないリリーは、“演技臭さ”がないところが強みで、それが存在感につながっていると指摘する。
「リリーさんは、人間が持つ喜怒哀楽や多面性を自然に出せる役者さんといえます。そこにリアリティーがあるから、観る人が引き込まれるんだと思います。両作品の演技で、今年から来年にかけて映画賞の演技賞の有力候補になるのは間違いありません」(中井さん)
2009年、映画『ぐるりのこと』で法廷画家を演じ、ブルーリボン新人賞を獲得したリリーだが、年末に向けて再び賞レースで注目を集める存在になるかもしれない。