2年前、母親を94歳で亡くした男性は、「よく年寄りは孫が可愛いと言いますがね、それは中学生頃までですよ」としみじみ語った。
確かに孫も10代後半になると、自分の世界ができる。成人した孫と遊びに出かける祖父母はまずいない。
「だから80代にもなると、親の関心は孫から子供へと戻ってきます。特に、長男・長女を頼るようになる」
この傾向は配偶者を亡くして一人になったとき、また歳を取れば取るほど強くなるという。
とはいえ、日々の生活に一生懸命な世代が親孝行に力を注ぐのは難しい。特に団塊の世代には親孝行を阻む壁がある、とは事情に詳しい世代評論家・牛窪恵氏である。
「ずばり距離です。団塊の世代は核家族化が最も進んだ世代で、自分たちは都心で、親御さんは田舎で暮らしているケースがとても多い。仕事もあるのでなかなか帰省できず、思い通りに親孝行できません」
だが、忙しさを言い訳に親孝行をサボっていると、いつかそれを悔やむことになる。「後悔している」と肩を落とすのは東海地方に暮らす61歳の男性だ。
10年近く前に夫を亡くしたとき、母親は息子たちとは生活のリズムが違うことから一人暮らしを選んだ。体調が急激に悪化したことを機に1年前、男性宅に引き取られたが、時すでに遅し。
「結局はがんだったのですが88歳の母の体力ががくんと落ちて、急に老いていく姿を、私は受け入れられなかった……」
変わってゆく姿を見て、思い出すのは元気だった母のことばかり。懸命の介護の甲斐なく、同居してわずか1年で母親は他界した。
「今から考えるともっとしてあげられることはあったんじゃないかって……」
男性は今、出かけるとき、遺影に「行ってきます」と声をかけている。「母への思いを心に留めておくのも、それも親孝行の一つかなと。でも、しょっちゅう、母が夢に出てくるのは、会いたいと思っているんだろうね」と力なく笑う。
※週刊ポスト2013年10月18日号