【書評】『戦士の休息』落合博満著/岩波書店/1575円(税込)
古い洋画からタイトルを借りた本書は、落合博満氏による映画エッセーという異色の本である。名古屋出身で中日ファンであるスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーの依頼でジブリ発行の月刊誌に連載したものに、山田洋次監督との対談などを加えて書籍化した。
実は著者は〈半世紀にわたる筋金入りのファン〉と自称する映画好きだ。小学校4年生で野球を始めるよりも前に、田舎町の芝居小屋で片岡千恵蔵らの東映チャンバラ映画と出会った。高校時代には先輩による理不尽な鉄拳制裁に嫌気が差して野球部を何度も入退部し、その退部期間中、一日中映画館に入り浸った。映画は〈情緒を育み、青春時代には苦難からの隠れ場所になり、その後も適度にリラックスさせてくれる“人生の恩人”〉だとまで書く。
ジョン・ウェインと三船敏郎に始まり、オードリー・ヘップバーン、チャーリー・チャップリンの作品など洋画の名作を中心に、現代の韓流、ジブリアニメまで語るが、やはり興味深いのは映画論そのものより、前述したような著者と映画との関わり、そして野球と映画の対比だ。
たとえば、著者は高校時代から同じ作品を何度も観る習慣があり、演技、物語、カメラワーク、音楽などすべての要素を吸収して初めて1本の作品を観た実感が湧くという。そうした味わい方が土台となり、理解し、納得してから次に進むという、野球を極める際に用いた方法論が身についたと語る。用具の進化によって選手から体の感覚が衰え、CGの進化によって映画から手作りの良さが消えた、といった指摘も傾聴に値する。
プロ野球界の知将は映画を語らせても深い知性を感じさせる。
※SAPIO2013年11月号