中央防災会議(内閣府)は、南海トラフで東日本大震災と同じM9クラスの大地震が発生した場合、最大で死者約32万人、避難者950万人、全壊建物238万棟、被害額220兆円などと試算した。まさに未曾有の大惨事を想定しているが、武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏は政府の姿勢を厳しく批判する。
「被害想定は、高知の黒潮町に34mの津波が来るなど被害を最大に見積もったケースばかり。発生後に『想定が甘かった』と責任を問われないよう、地元の状況を考えずに役人や地震研究者が身勝手に作ったものです。
数字だけが一人歩きして、地元は対策の立てようがなく困惑しています。国や学会はもっと実直に現実的な被害を想定し、それに基づいた避難計画を立てるなど、自治体と二人三脚となって現実的な防災対策を進める責任があります」
国が1995年から2012年までに投じた地震調査研究関連の予算累計額は約3600億円。これほどの巨額を貪りながら、2012年10月に日本地震学会は「地震予知検討委員会」を廃止する方針を打ち出し、今年5月には中央防災会議が「地震を着実に予測することは困難」と表明するなど、地震予知に及び腰で、被害を最小限に食い止める責任を果たしているとは言い難い。“地震ムラ”とは無縁である民間の立場から予知を続ける東大名誉教授・村井俊治氏が訴える。
「地震のメカニズムを解明するサイエンスと違い、我々の予知は現に発生している現象からデータを拾い、未来を予測するエンジニアリングです。東日本大震災で2万人近い命を失ったのに、次の危機に白旗を掲げることは技術屋として万死に値します。人命を救う一助になればと予知を続けています」
村井氏らの提言について、地震ムラの学者からは「正確性を欠く」「数値はノイズに過ぎない」など批判的な見解も寄せられる。迫り来る大きな危険を前に、国や研究者は「予知できない理由」を並べるだけでなく、専門領域の垣根を越えて、すべての英知を結集すべきではないだろうか。
※SAPIO2013年11月号