毎年数え切れないほどの新商品が生まれ、その多くが1年もたたぬ間に泡のように消えていく玩具業界。そのなかで、「泡」を武器にヒットを飛ばし続ける会社がある。ぬいぐるみからアミューズメント事業まで幅広く手掛ける玩具メーカー、タカラトミーアーツだ。
美味しいビールに欠かせないクリーミーな泡。口当たりがよいだけでなく、ビールが空気に直接触れることを防ぎ、うまみや炭酸ガスを逃さない効果もある。
だが、家庭でビールを注ぐときにきめ細かい泡を作るのは至難の業。グラスを傾けてみても上手く泡立てられず、悔しい思いをしている人も多いことだろう。
ところが、タカラトミーアーツの『ソニックアワー』を使えば、極上の泡が簡単にできるのだ。
「『ソニックアワー』は、グラスに注がれたビールを超音波で振動させて泡立てる仕組みです」
開発者のライフ事業部企画部企画1課、金子義信がそう教えてくれた。
しかし、どうして玩具メーカーが「ビール泡立て装置」を開発したのだろう?
「我々は“エンターテインメント”を追求する企業です。子供にとってのエンターテインメントはおもちゃですが、大人にとっては、お酒を楽しむことが重要なエンターテインメント。だから、家庭でビールが美味しく飲める商品の開発は、自然なことでした」
同社は、これまでにもビールの泡を発生させるための商品を発売してきた。2011年発売の『ビールアワー』は、缶ビールに装着してグラスに注ぐときれいに泡立てることができた。翌12年には、持ち手部分にジョッキ内を振動させるレバーを装着したビアジョッキ『ジョッキアワー』を発売。約1か月で初回生産分8万個以上が完売する大ヒットを記録した。『ソニックアワー』はこれらに続く第3弾である。
「ビールを美味しく飲むために必要なことは、しっかり冷やすこと、そしてきめ細かい泡を作ることです」
金子はそういいきるが、家庭で滑らかな泡を作ることは難しい。『ビールアワー』『ジョッキアワー』の登場が、その“常識”を変えたといってもよいだろう。
「じつは『ソニックアワー』の構想は、『ジョッキアワー』の発売時点からありました。『ジョッキアワー』には、その商品を持っている人しか楽しめない、という弱点があったからです」
金子は、グラス自体を振動させて泡立てる商品を考えた。これならパーティなどで複数の人が泡を楽しめる。問題は振動させる方法だった。クリーミーできめ細やかな泡を、いかに簡単に発生させるか──。
悩むうちに、あるものが思い浮かんだ。それは眼鏡店の店頭にある、眼鏡洗浄機。容器内の洗浄液に眼鏡を入れてスイッチを押すと、超音波による振動で泡が発生して汚れを落としてくれる、あの機械である。
金子は振動板の素材にあらゆるものを試した。その結果、多少の凹凸も吸収し、振動をグラスにきちんと伝える素材を見つけることに成功。さらに本体トレイ部に少量の水を張り、振動板とグラスをより密着させることで、超音波による微細な動きを、振動板を通してグラスの底に確実に伝え、常に大きさの揃った泡ができるようになった。
『ビールアワー』の発売から2年、膨大な量の試作と試飲の末、『ソニックアワー』は完成した。
「玩具業界が新商品を出し続ける理由は、“玩具は人を楽しませることが使命”だからです」
■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年10月18日号