来期の中日ドラゴンズのGMに前監督の落合博満氏が就任することになった。「変わり者」と評されることが多い同氏だが、その思考を理解するのに役立つ意外な一冊をフリーライターの神田憲行氏が紹介する。
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来期の中日ドラゴンズが落合博満GM、谷繁元信選手兼任監督でスタートすることが発表された。中日グループの中には落合氏のマスコミ対応などに不満を持つ「反落合派」が存在すると言われており、2年前、オーナーの圧倒的な信任を持ち監督としても高い業績を積み上げていた同氏の追放に成功した。しかし代わりのタマ(監督)を用意できていなかったとは、ツメの甘いクーデターだったと言わざるを得ない。
来期、ドラゴンズにGMとしてのカムバックした落合氏がどういう活動をするのか。落合氏の思考の端緒を知る手がかりとなる本を紹介したい。
今年8月に出版された「戦士の休息」(岩波書店)。お堅い岩波書店からプロ野球人の本が出たことも珍しいが、内容も落合氏が「野球より長い付き合い」という映画に関するエッセイ集である。元々は落合氏が浪人していた2012年から、スタジオジブリが編集発行している月刊冊子「熱風」に連載したものを下地にしている。
一読して落合氏が見ている映画の量、知識がそこらへんの「映画好き」を通り越しているのはわかるのが、垣間見えるのは、落合氏のこだわりの強い、理屈っぽい、周到な性格だ。
まず映画館での鑑賞は、座席は後ろの右か左かのいちばん端に座る。
〈中央に座ってしまうと、スクリーン全体を見るのに視線を左右に動かさなければならない。左右どこかの端なら、そこを起点に一方向に視線を動かせばいい〉
映画を本格的に見るようになったのは高校時代だった。野球部の先輩の鉄拳制裁に嫌気がさし、大会前になると部長から呼び出されて試合に出て、大会が終わると退部する。それを7、8回繰り返したという。練習をサボって見たのが映画だった。そこで出会ったのがオードリー・ヘップバーン。最初は彼女の美しさだけをスクリーンで追い、そのあと2、3回通って字幕を見て、物語を堪能する。同じ映画を何度も鑑賞するのが「俺流」映画鑑賞術なのだ。
〈しっかりと理解し、納得してから次に進む。のちに野球という仕事を極めようとする際に用いた方法論は、(中略)高校時代の映画の味わい方が土台になったと言っても間違いではないだろう〉
繰り返してみるのは好きな映画だけではない。落合氏は映画鑑賞中に居眠りしてしまったことが1度だけあるそうだ。その映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち」も「なぜ居眠りしてしまったのか」を知りたくて、わざわざまた見に行くのである。普通の人は寝たら「つまらない映画」で切って捨てるだろう。彼はそんなことをしない。
野球についても、「打撃の基本はセンター返し」という「常識」に疑問を持つ。なぜなら誰もその理由を答えられなかったからだ。そこから落合氏は球場の形状から、その理屈を作り上げるのである。
谷繁内閣には、森繁和氏のヘッドコーチ就任が検討されているという。森氏は落合氏の腹心の部下だった。映画でたとえれば巨匠監督が長く自分をサポートしてくれたベテランの助監督を、新人監督の脇に付けたようなものだろうか。
映画の監督も野球の監督も「黒子」と捉える落合氏は「落合竜」という自分が前面に出された表現に違和感があったそうで、「俺流」と表現された采配も、
〈過去の監督が行ったことを検証し、自分がいいと思ったことを採り入れただけ〉
という。監督が黒衣ならGMはもっと黒衣。しかも過去の例を検証しようにも、日本のGMの歴史は浅い。しかし納得しないと次に進めない彼の性格からして、胸に期するものはあるはず。初めて「俺流GM」が見られるかも知れない。
最後に本書によると、落合氏が見た生涯ベスト1の映画は「チキ・チキ・バン・バン」だそうだ。