メディアは政治家の発言を勝手に解釈し、言っていないことを言ったかのように報じることがある。日本報道検証機構代表理事の楊井人文氏が、レベルの低い「失言報道」が言論の自由を危うくしている現状を明らかにする。
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政治家の「失言」の責任は、もちろん不用意に発言した政治家本人にある。記憶に新しいところでは、橋下徹・大阪市長が記者会見で戦時中の状況を説明した上で、「慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」と発言したり、麻生太郎・副総理が講演で憲法改正をめぐりナチスを引き合いに「あの手口、学んだらどうかね」と発言したりした。
橋下氏は慰安婦制度を正当化しているわけではなく、「当時は世界各国が戦場で女性を利用していた」という認識を述べただけと弁明した。だが、「(沖縄の米海兵隊は)もっと風俗業を活用してほしい」との発言については、女性の尊厳を損なうとの批判を免れず、撤回した。
麻生氏はナチスを悪しき例として取り上げたに過ぎないと弁解した。だが、「ワイマール憲法がナチス憲法に変わった」という存在しない史実を持ち出した上で「あの手口、学んだら」(麻生氏)というのは意味不明と言わざるを得ない。政治家の発言としては、いずれも不用意だった。
しかし、麻生氏の「ナチス発言」報道の経緯を追うと、本来、発言の内容を正確に伝えたうえで、何が問題なのかを明確に示して批判せねばならないはずのメディアが、場当たり的、かつ大袈裟に報じた姿が露わになる。
麻生氏の講演があった7月29日夜、朝日新聞デジタルは「『護憲と叫べば平和が来るなんて大間違い』麻生副総理」との見出しで発言要旨を掲載したが、その時点で「ナチス」発言部分は引用せず、問題として取り上げていなかった。
だが、読売新聞が翌朝ニュースサイトで「ナチスの手口学んだら…憲法改正で麻生氏講演」と見出しをつけて掲載するや、これが瞬く間に拡散。在米ユダヤ系人権団体など海外から批判の声が出始めた。
すると、それまで沈黙していた朝日新聞が8月1日付朝刊で、「麻生氏の発言 内外から批判 ユダヤ人団体が説明要求」の大見出しで報じ始めた。他方、読売はニュースサイトの見出しをこっそり「改憲『狂騒、狂乱の中で決めるな』…麻生副総理」に書き換えていた。
結局、どのメディアも麻生発言をどう捉えるか定見を持たないまま、場当たり的に報じていたと言わざるを得ない。
報じられた発言内容を総合すると、麻生氏は講演で改憲を「狂騒・狂乱」の中で決めるべきでないと繰り返し強調していた。「ヒトラーは民主主義によって議会で多数を握って出てきた」「ワイマール憲法という当時欧州で最も進んだ憲法下にヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくてもそういうことはありうる」とも発言しており、ナチスを肯定したり称揚したりするどころか、はっきりと民主主義の苦い教訓として捉えている。
ところがメディアは「ナチスを肯定したかのような発言」と喧伝。改憲を巧妙に進めようと企んでいるかのように印象づけた。実際は、麻生氏は改憲は「単なる手段」にすぎず、「落ち着いて」日本を取り巻く「状況」をよく見た世論の上に改憲を進めないと「間違ったものになりかねない」と、拙速な改憲を諫めていた。
ところが、「失言」報道に火が付き各紙が報じ始めた8月1日に朝日新聞デジタルに掲載され、ネット上で爆発的に拡散した「麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細」ではこの核心部分がカットされていたのだ。
「失言」報道の喧騒の中、講演の本旨から外れた意味不明な発言だけがクローズアップされた。あげくに英国BBCが「ナチスの改憲から学べると言及」と報じるなど、世界中に無用な誤解を振りまいてしまったのである。
初報から発言の詳細を公表し、海外メディアの注目が予想される場合は主要言語に正確に翻訳して配信する。発言者の真意や聴衆の認識もあわせて報じる。無用な誤解や摩擦を防ぎ、言論の自由と報道への信頼を守るためにも、「失言」報道の“作法”が必要ではなかろうか。
※SAPIO2013年11月号