【著者に訊け】松原耕二氏/『ハードトーク』/新潮社/1785円
本を開くと、まずこんな一文が目に飛び込んでくる。
〈「インタビューは私にとってラブストーリーだ。それは戦いであり、性行為である」──オリアナ・ファラーチ〉
TBS『ニュース23』等の元キャスター・松原耕二氏の新作小説『ハードトーク』を読むと、今は亡き伝説のジャーナリストのこの発言が、主人公〈岡村俊平〉らの宿業をいかに言い当てているかがよくわかる。
取材する者とされる者が、あるべき一線を越えてせめぎ合い、融け合う〈官能〉的瞬間を、彼もまた追い求め、そのために家族や友人や、多くのものを失った。それでもそうとしか生きられない“魔物”に魅入られた人々の、報いと償い、そして再生の物語である。
本書は『ここを出ろ、そして生きろ』に続く小説第2作。前作に比べ、設定もより自身に近づいた印象だ。松原氏はこう語る。
「作家が今後も書き続ける力量を問われるのが2作目だと思うので、僕が報道の仕事で最も愛するインタビューという主題に真っ向から取り組んでみようと。もともと小説は特別な人間が書くものだと思っていた僕がこうして小説を出すまでには、佐木隆三さんや白石一文さんなど、恩人が何人かいる。中でも僕に小説を書けと最初に勧めてくれたのが、『眠れる森』等で知られる人気脚本家で乱歩賞作家の故・野沢尚さんでした。
2004年にNYで訃報に触れた時は本当にショックで、先日も野沢作品へのオマージュでもある本書を墓前に捧げてきたんです。彼とはテレビが持つ面白さと、それとは裏腹に一瞬で消えてしまう切なさのようなものを共有していた気がする。
実は岡村が勤務する〈首都テレビ〉も野沢さんがよく使われた局名で、彼が作品にこめただろう情熱と孤独を思いつつ、インタビューが孕む魔力に取り憑かれた人間を書いていきました」
ちなみにジャーナリストではなく〈インタビュアー〉を自称する岡村ら取材者の業を、松原氏は物語冒頭、こんなシーンに描いている。それは20年前、38歳の若き厚生大臣〈藤堂一郎〉に、報道局の記者だった38歳の岡村が独占取材を敢行した時のこと。お互い幼い娘を持つ親友に対し、岡村の中で〈小さな悪意〉が頭をもたげるのだ。〈もし罠を仕掛けたらどうなるだろう〉
当時厚生省では製薬会社による恒常的な官僚接待が露見していた。が、全ては前大臣時代に起きたことと言いたげな藤堂に、岡村はもし就任後の接待が発覚した場合は責任を取るのかと、執拗に確約を迫ったのだ。
「我々報道の人間は『首を取る』という言い方をするんです。例えば僕は1998年に参院選特番のキャスターを務めた時、自民党大敗の責任を当時の橋本龍太郎首相に質して事実上の辞意を引き出し、『橋本首相、辞任を示唆』と各社が一報を打つ事態に繋がった。
その“成功体験”が尾を引いてか、次の選挙で他より早く言質を取ろうと焦るあまり、自民辛勝の事実とかけ離れた質問を繰り返した。首を取るなんてことに囚われていた自分を恥じましたし、無意識なだけに怖かった。でもそれが渦中にいればいるほど勲章や見出しを欲してしまうメディア人の宿痾かもしれない。岡村の場合は親友を貶めて以来20年間、自分が無意識のうちに傷つけてしまったものの大きさに苦しむことになります」
結局藤堂は言葉通り大臣を辞め、岡村は沖縄で伝統陶芸の職人をめざしていた愛娘〈優香〉まで火災で失う。その時、娘の死も知らずに海外を飛び回っていた夫に妻〈里美〉は冷たく言い放つのだ。〈あなたはこれから報いを受けるのよ〉と。
●松原耕二(まつばら・こうじ):1960年山口県生まれ。福岡県立修猷館高校、早稲田大学政経学部卒。1984年TBS入社。社会部記者、『筑紫哲也NEWS23』『報道特集』ディレクター等を経て1997年『ニュースの森』メインキャスターに。2004~2007年NY支局長、2010~2012年『NEWS23×』メインキャスターを務め、現在はBS-TBSのスペシャルコレスポンデント。2011年、初小説『ここを出ろ、そして生きろ』を上梓、著書は他に『勝者もなく、敗者もなく』等。176cm、70kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2013年10月25日号